320
「師匠、師匠!起きてください!」
「ぅん…?秋華か…」
「師匠!朝練です!朝の稽古をつけてください!」
「あぁ…。朝の稽古…」
でも、まだ太陽は山の向こうのようだけど…。
元気だな、若い者は…。
「あー…。お前、道場の稽古はどうした」
「道場はこのあとにいきます。師匠!お願いします!」
「んー…。オレの稽古は道場が終わってからにしてくれ…」
「…分かりました。では、何をしておくべきか、教えてください!道場の時間まで、一人で稽古をしておきたいのでっ!」
「そうだな…」
まったく…。
今日はぐっすり寝ていたらしいのに…。
結局、いつもの時間じゃないか…。
「分かった。ちょっとこっちに来い」
「はい。何をすればいいのでしょうか」
「もうちょっと…」
「はい」
私の話を聞こうと近寄ってきた秋華を捕まえて。
そして、布団の中に入れる。
「し、師匠!な、何を!」
「寝る子は育つ。お前、こんな早くに起きてきて、稽古稽古言って。身体に悪いぞ。特に、まだまだお前はちみっこいしな。朝練より、しっかり睡眠を取れ」
「は、はぁ…」
「ふふふ。お前、武道に打ち込んでる割に、プニプニしてるんだな」
「プ、プニプニ…」
「ああ。可愛い」
「………」
「顔、赤いぞ」
「うぅ…。し、師匠はイジワルです…」
「そうだな。オレは意地悪だ」
火照っている秋華の顔を撫でて。
ふふ、本当に可愛いやつだ。
…まあ、今はゆっくり寝るといい。
あとでまた、しっかり稽古をつけてやるから…。
夜が明けたらしい。
瞼の裏に、光を感じる。
少し、目を開けて。
…秋華はまだ眠っていた。
やっぱり、少し無理をしてたんじゃないだろうか。
その綺麗な髪を、そっと撫でる。
「んぅ…」
「すまない。起こしたか?」
「いえ…。今、何時くらいでしょうか…」
「夜が明けたばっかりだ」
「ふむぅ…。では、もうそろそろ朝練に出ます…」
「そうか。…オレも道場に行ってもいいか?」
「………。あ、はい、どうぞ…」
「どうも」
「ふぁ…」
「まだ眠いんじゃないか?」
「んー…。もう、いつも起きてる時間なんですが…」
「さっき、朝、無理をしてたんだろ」
「はい…。実は…」
「まったく…」
「すみません、師匠…。ご心配をお掛けして…」
「いや、それはいいよ。それより、お前の道場はどこだ?」
「今日の朝練は…えっと、うーん…。徒手空拳の無心一刀流です…」
「分かった。じゃあ、おぶってやるから」
「えっ…」
「道場までの間、しばらく眠っていろ。そんな寝惚け顔じゃ、稽古も何もないだろ」
「あ…でも…」
「遠慮するな。オレは、お前の師匠だろ?」
「えっ…。あ、はい…。そうですが…」
「ほら、だから、遠慮するな」
「んー…。よく分からないです…」
「深く考えるな」
「………。分かりました…。では、お願いします…」
「ああ」
眠たそうに瞬きをしている秋華を背負って。
位置を調整しているうちに、秋華は眠ってしまった。
…徒手空拳なのに無心一刀流なんておかしな名前の道場は、あそこしかない。
北の拳法を教えてるところも。
よし、じゃあ、ぼちぼち行きますか。
門をくぐって、稽古場へ。
秋華より大きな子が、もう型の練習をしている。
私が横を通ると、丁寧に挨拶をしてくれて。
「おはようございます!」
「おはよう」
「おはようございます!朝から道場破りですか?」
「破るかもな」
「師範との試合の際は、是非とも見学させてください!」
「ああ。分かった」
「おはようございます!ご苦労さまです!」
「どうも」
「あっ。秋華ですか?」
「ああ。まだ眠たいらしいから、送ってきたんだ」
「秋華がですか?いつも、朝早くから自主稽古に勤しんでいますのに…」
「今日はちょっとお寝坊さんのようだな」
「わざわざすみません!預かりましょうか?」
「いや、いいよ。オレが連れていく」
「はい、分かりました。よろしくお願いします」
「ああ」
ここの門下生は、やっぱり礼儀正しいな。
あいつの性格もあるんだろうが。
しっかり教育されている。
「おはようございます!」
「おはよう」
門下生の横を通って、さらに奥へ行く。
そして一番奥、師範控室と書かれた部屋へと入って。
「おはよう」
「おはようございます。…あっ!隊長!」
「いいって。座ってろ」
「そういうわけにはいきません!今、お茶を入れますね!」
「いいってのに…」
「まさか、隊長がいらっしゃるとは思いませんで、みっともない格好を晒してしまい、申し訳ありません…」
「いや、だから、それはいいよ」
「すみません、お茶請けも用意出来ませんで…」
「お前の礼非礼は今はどうでもいい。オレは、今日はお前と話をしに来たんだ」
「は、はぁ…。しかし、このお茶だけでも…」
「分かった。じゃあ、早くしてくれ」
「すみません…」
椅子を並べて、適当に秋華を下ろして。
私も近くの椅子に座る。
…しかし、こいつと話をしようとすると時間が掛かるのが難点だな。
礼儀正しいのはいいが、少しくらい融通を利かせてくれてもいいようなものだけど。
私が言えた義理じゃないか。
「粗茶ですが…」
「はいはい。結構なお手前で」
「隊長…。それはちょっと違う気が…」
「なんでもいいだろ。まあ、座れ」
「は、はい…」
「じゃあ、改めて。久しぶりだな」
「はい。お久しぶりです」
「こいつに聞いて、すぐに分かったよ。徒手空拳の無心一刀流なんてな」
「は、はぁ。すみません…。自分の名前など入れてしまって…」
「いや、それはいいよ、別に」
「そ、そうですか?」
「それより、こいつはどうだ?」
「えっ?秋華ちゃんですか?そうですね。この小さい身体で、大人にも引けを取らないどころか、私でも実戦で負かされることがあるくらいですよ」
「そうなのか」
「まあ、さすがに隊長には勝てないでしょうけどね」
「どうかな。こいつ、かなり筋がいいから。そのうち、オレも負かされるんじゃないか?」
「そうですね。一を聞いて百を知れる子ですから。少し血の気が多いのが難点ですが…」
「そのようだな」
「あ、もしかして、隊長に試合を申し込んだりしましたか?」
「まあな。千秋って知ってるか?」
「はい。秋華ちゃんからよく聞いています」
「ああ。その千秋を守るんだってな。虎の一の段で攻めの一辺倒だよ」
「あはは、そうなんですか。やっぱり、大好きなお姉ちゃんということなんですね」
「そうだな」
「はい」
…そうだからこそ。
千秋と早く話しておかないと。
お互いが、本当の気持ちを知るために。