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「まあ、オレの考えるところは、そんなところだ」
「…朝とはかなり違うようですが」
「今度は秋華にも話を聞いてみた。千秋、兄弟がいるなんて言わなかったからな」
「そうですか…」
「まあ、朝言ったことは撤回しない。それに今の話を追加する」
「………」
「………」
「…衛士長さんの推測通りです。私たちは、千秋に酷い仕打ちをしてきました。最初は、どうして分からないんだと、女の子としての…私たちが考えていた幸せな人生を歩めと、そんなことばかり言っていました。しかし、あるとき、妻と二人で考えてみたんです。どうして、私たちは千秋にそんな無理強いばかりしてるのだろうか、千秋にとっての幸せとは何なんだろうかと。そして、気付きました。千秋が千秋らしく生きていくのが、一番の幸せなんだと。しかし、もう遅かったんです。もう、千秋は私たちの下には帰ってきてはくれませんでした」
「それならばと、自分たちが憎まれ役になって、千秋を解放してやったと?」
「はい…」
「そうか」
「もう、この家にいては、あの子が幸せになれることはないんです…。家を出て、自分の思うように、自由に生きてくれれば、私たちはそれで…」
「あいつは一度も家に帰ってないんだろ?お前たちは、あいつの話を聞いたのか?」
「は…いえ…」
「まあ、一度も帰ってないやつの話は聞けないよな」
「………」
「オレが思うに、あいつはここに帰ってきたかったんじゃないかと思う」
「えっ…?」
「オレが初めて会ったとき、千秋は家族という言葉に過敏に反応し、寂しい顔を見せていた。そして、今日だ。正光は、千秋に帰ってきてほしいようだった。秋華も。おそらく、千秋も同じ思いだったんじゃないかと思う」
「………」
「これも、オレの推測でしかないが。でも、正光は千秋との別れに涙を流し、秋華は私に千秋を返せと言った。お前たちは、自分だけしか見ていなかったんじゃないのか?だから、家を出ることが、千秋の幸せだと考えていた。子供たちのことを、本当には見れていなかった」
「そうかもしれません。いや、そうなのでしょう」
「…すまないな。こんなことしか言えなくて。口が悪いのは生まれ持った性質なんだ。だから赦してくれとは言わないが」
「いえ…。本当に、全て事実ですので…」
「…また来るよ。次で、本当に最後にする」
「………」
「オレは、みんなが幸せになれる結末が好きなんだ。演劇の話だけどな。…現実も、そうあってほしいと願うよ」
「…はい」
「まあ、遅くまで悪かったな。ウォルクからも聞いたかもしれないが、今日は三人とも城で預かることになった。あとはだな、秋華は明日からオレに弟子入りするそうだ」
「弟子入り、ですか?」
「姉さまを守れるように、強くなりたいんだとさ」
「そう…ですか…」
「ああ。優しい子だ。正光も。秋華は、少し気が強いみたいだけどな」
「すみません。ご迷惑をお掛けします…」
「迷惑だなんて思わないさ。子供の、純粋な願いだから」
「…ありがとうございます」
「ああ。…まあ、じゃあな。また千秋と話さないといけないだろうから、少し時間を貰うかもしれないけど」
「いえ…。本当に、ありがとうございます」
「そっちの礼は、また今度に取っておいてくれ」
「あ…は、はい」
今日はまあ、こんなものか。
私自身も誤解したまま、悲劇の結末に直下降しなくてよかった。
…あとは、千秋だな。
あいつが、本当はどう考えているのか。
それが、一番の問題だろう。
なんとはなしに、真っ暗な森の中を歩く。
今日は静かな夜だ。
月はまだ昇っていないけど。
「それでね、流れ星がサーッて流れていってね」
「ナナヤは、何かお願いしたのか?」
「えっ?お願い?」
「流れ星が消える前に三回願い事を言えたら、それが叶うんだって」
「へぇ、そうなんだ」
「知らなかった?」
「うん。全然」
「そうなんだ。こういうのって、女の子の方がよく知ってるものだとばかり思ってたけど」
「私は知らなかったなぁ…」
「そっか」
…そういえば、私が薦めたんだったな。
外での逢引きを。
しかし、なんでナナヤと進太のこういうところにばっかり遭遇するんだろうか。
いや、前の二回は、わざわざ私の部屋の真下で話してた二人が悪いんだ。
私は悪くないはずだ。
「また流れないかな」
「ナナヤは、何をお願いするの?」
「んー、家庭円満かな」
「そっか。家庭円満」
「進太は?」
「俺は…そうだな…。ナナヤに、もっと美味しいものを食べてもらえるように、もっと料理の腕を上げたい…かな」
「私、太っちゃうよ?あんまり食べ過ぎたら」
「ちょっと肉付きがいいくらいが、男の好きな体型だと思うけど」
「女の子は、太っちゃダメなんだよ」
「それがよく分からないんだよ。なんで太ったらダメなんだ?」
「だって…。んー…。もう、進太のバカ!」
「え、えぇ…。なんで怒るんだよ?」
「バカだよ、ホントに」
まったく。
イチャイチャしやがって。
今すぐ出ていってやってもいいが…まあ、やめておこう。
静かに、その場を立ち去る。
「ふぅ…」
今日も、いい月が昇るといいな。
そしたら、明日また頑張れるような気がするから。