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「師匠!私を弟子にしてください!」
「いや、まずは話をだな…」
「師匠!私は、姉さまを守らないといけないんですっ!だから!」
「はぁ…」
「お母さん、この人、五月蝿い」
「お願いします!」
「紅葉ちゃん。諦めたら?秋華ちゃん、絶対に退かないよ?」
「そうみたいだな…」
「お願いします!師匠!」
「…しかしだな、お前。さっきまで敵だったやつに頭を下げて、弟子入りを懇願するのか?」
「強い人には悪い人はいない。道場の師範の言葉です!師匠は悪い人じゃないです!」
「…師範は、どういう意味で言ったんだろうな」
「は、えっ?」
「悪人にだって、腕っぷしの立つやつはいる。オレも、その一人かもしれないぞ」
「そうなんですか?」
「さあな。お前はどう思う。オレは確かにお前より強いかもしれないが、お前のお姉ちゃんを拐った張本人なんだぞ?」
「………」
「まあ、どう考えるかはお前次第だ」
「それでも…」
「………」
「それでも、私は師匠に弟子入りしたいです!師匠は、私の無理な願いにも耳を傾けてくださっています。姉さまを拐った人だとしても…私は師匠を信じます!」
拐った犯人を信じるとは、なんともあれな話だが。
しかし、秋華の目は真っ直ぐに私を見つめていた。
「…仕方ないな。まあ、弟子なんて取れる身分じゃないが。修練は明日からにするから、今日は話を聞かせてくれないか」
「は、はい!ありがとうございます!明日からの修練、精一杯頑張ります!」
「あー。まあ、それはいいんだけどさ…。今さっきも言ったけど、ひとまず今日は話を聞かせてくれないか?」
「あ、はいっ!なんでも聞いてください!」
「じゃあ、お前の家について聞かせてくれ」
「は、え、私の家ですか?」
「ああ」
「えっと…。私の家はですね、その…豪族と呼ばれてまして…。あの…」
「どうした」
「いえ…」
「ちょっと、紅葉ちゃん」
「ん?」
涼に呼ばれて、耳を寄せる。
秋華の様子をもう一度見てから、涼はヒソヒソ声で話し掛けてきて。
灯もその輪に入ってきてるけど。
「…豪族ってのはみんなと違うからさ」
「そうだよ、お姉ちゃん。あんまり無神経に聞くことじゃないよ」
「どういうことだ」
「私が知らなかったのは、そういう理由もあるんだよ。みんなと違うってだけで、仲間外れにされたり特別扱いされるもとになっちゃうからさ。そういうのって問題でしょ?怪我をして、みんなにちやほやされるのとは違うんだよ。しかも、ああいう年頃の子は特に繊細だし」
「みんながみんな、お姉ちゃんみたいな図太い神経の持ち主じゃないんだよ」
「そうか」
「だから、紅葉ちゃんも気をつけてね」
「ふん。そういうのが嫌なんだろ?」
「あ…。そうなんだよね…。こういうことは難しいよ…」
「難しくなんてないさ。今まで通り、みんなと同じように接すればいいんだ」
「簡単に言うけど…」
秋華の方を見る。
秋華は、俯いて机ばかり見ていて。
りるが不思議そうに眺めているのにも気が付いてないようだった。
「秋華」
「あ、はい」
「すまないな、時間を取らせて」
「いえ…。今日は暇ですので…」
「それで?お前の父親や母親はどんな人なんだ?」
「えっ?」
「お前の思う通りに話してくれればいいんだが」
「はい…。あ、あのっ…」
「ん?」
「師匠は、どうして私の家のことを聞くのですか…?」
「…少し気になってな。今日、お前の家に行ってきた。それは、お前も知ってるだろう」
「は、はい…」
「お前の父親と話をしてきた。そして、辛辣なことも言ってきた。お前がどう聞いたかは知らないが、オレはお前が怒るのももっともだと思えるようなことを、今日、してきたんだ」
「………」
「それで、もう一度聞きたいと思った。オレは、千秋の話しか聞いてないから。もしかしたら、間違った判断をしていたかもしれないから」
「…やっぱり、師匠は悪い人なんかじゃありません。私の見込んだ通りの人ですっ」
「…そうか」
「分かりました。話します。まずは、私の父さまから。父さまは優しい人です。私が武術を習いたいと言えば、すぐに私の希望する道場に入門する手筈を整えてくれました。また、寺子屋に行きたいと言えば、すぐに必要な道具を買い揃えてくれました。私は、父さまには本当に感謝しています。私のどんな我儘も聞いてくれて…。ただ、時折、哀しそうな顔をするんです。なぜだかは分かりませんが」
「そうか」
「次に、母さまですが、母さまも優しい人です。私の服を見繕ってくれたり、私に一番の執事を付けてくれたり。母親として当然だといつも言ってくれますが、やはり感謝してもし尽くせないです。…しかし、母さまも、父さまと同じく、哀しそうな顔をするときがあるのです」
「…そうか」
「…どうしてなのでしょうか。父さまも母さまも、私のことが本当は嫌いなんでしょうか」
「秋華ちゃん。それはないよ。秋華ちゃんのお父さんもお母さんも、秋華ちゃんのことが大好きなんだよ。だから、いろいろやってくれるんでしょ?」
「しかし…。では、なぜ、父さまも母さまも、あんな哀しそうな顔をするのですか…?私は…私も、哀しいです…」
「秋華ちゃん…」
「うっ…うぅ…」
「………」
秋華を静かに抱き締めてやる。
…二人が哀しそうな顔をする理由。
それはたぶん、自責の念から来るものではないだろうか。
千秋にしてやれなかったこと、してしまったこと。
当時は、正しいと思ってやっていたのかもしれない。
でも、違った。
千秋は反発し、家を出た。
二度と同じ過ちを繰り返さないように、秋華や正光には好きなことをさせていたんだろう。
そして、今日の朝の態度。
千秋が家を出るとなったとき、勲が家を尋ねてきたとき、考えたのだろう。
もしかしたら、家を出ることが、千秋の幸せに繋がるんじゃないかと。
だから、千秋の前では厳格な親を演じていたのではないか。
子供が幸せになるなら。
自分は憎まれてもいい。
親とは、そういうものなのかもしれない。
しかし、これはあくまでも私の推測でしかないが…。
「分かった」
「えっ…」
「もう一度、話をしに行く。今度こそ決着をつけるために。ウォルク。協力してくれるな?」
「はい。もちろんです」
「わっ、ビックリした。どっから出てきたの?」
もう二度と行かないと言ったが。
そういうことなら話は別だ。
本当の大団円に向けて。
私が出来ることをやってみよう。