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応接室へ通される。
城の広間よりはさすがに狭いが、見たこともないような調度品がたくさんあった。
「相変わらずの豪邸ねぇ。見て、隊長。これ、何に使うのかしら?」
「あんまり触るなよ」
「そちらは舶来の壷でございます。用途といたしましては、このように部屋にそのまま飾るのが一般的かと思いますが」
「そうなの?花瓶なんかにピッタリだと思うんだけど」
「そのように使われても問題はないかと思います」
「そうよねぇ。うちの店にひとつ欲しいくらいだわ」
「お気に召されたかな」
「えっ?」
応接室の扉が開いて、誰かが入ってきた。
丁寧にお辞儀をすると、私の前まで歩いてきて。
「どうも。この家の主の正秋と申す者です。この度は、わざわざ足を運んでいただきまして」
「いや。こっちこそ、いきなり押し掛けてすまなかったな。オレは、あそこの城で衛士長をしてる紅葉って者だ。まあ、立ち話もなんだし、座れよ」
「隊長…。私たちが客人なんだから…」
「ははは。なかなか面白い御仁だ。や、それに、勲さんと言いましたかな。貴公もどうぞ。お掛けになってください」
「は、はい。失礼します…」
勲は少し緊張気味で。
正秋と、この部屋にも圧されているんだろう。
千秋とウォルクは、後ろの方でジッと立っている。
「さて。千秋のことなんだが」
「隊長…。切り出すのが早すぎるわよ…」
「後回しにしたって仕方ないだろ。こいつだって忙しいだろうし」
「いえいえ。衛士長さんと話す時間なら、いくら割いても惜しくはありませんよ」
「ふん。まあ、そういうことなら、ゆっくり話そうじゃないか」
「はい。それで、千秋がどうしましたか?」
「千秋というのは、あそこにいるやつか?」
「そうですね。いちおう、この家の娘ですが。何か問題でも起こしましたか?」
「この家の娘だということは認めているのか?」
「ええ、まあ」
「そうか」
「とんだじゃじゃ馬娘ですがね」
「息子だとは認めないんだな」
「…娘です。衛士長さんは、千秋を見て男だと思いますか?」
「見た目は女だな」
「はい」
「しかし、中身は男だ。昨日今日の付き合いだが、それは分かる」
「では、衛士長さんは、千秋を男として扱うと」
「ああ」
「そうであるなら、衛士長さんは千秋と子を成すことは出来ますか?衛士長さんも、見たところ女性のようですが」
「ふん。女と子を成す者だけが男というわけではないだろ。逆もまた然り。男と女の境界線は、そんなに単純なものではない」
「ほぅ。では、衛士長さんは、男と女をどこで線引きしますか?」
「そうだな。少なくとも、モノが付いてる付いてないではないと思う」
「まあ、そんなところでしょうな。世迷い言を言うあたり」
「オレの言うことは世迷い言か?」
「充分世迷い言だと思いますが。違いますか?」
「オレに聞くのか?それなら、違うと答える」
「ふむ、なるほど。どう違うのでしょうか。男は家を継ぎ、女は優秀な子を成し家を守る。それが出来ないのなら、ただの不良品。少なくとも、この家には要らない。単純明快な話です」
後ろに強い感情を感じるが、ウォルクがなんとか制止しているらしい。
…まあ、話を続けるか。
「オレからすれば、お前の言うことの方が世迷い言だ。見た目の男女で将来を決めつけて。男は家を継ぎ、女は子供を生んで家を守るなんて、ヘソが茶を沸かすよ。お前のどこに、お前の子供の将来を決める権利があるというんだ。自分たちの将来は、誰が決めるものでもない。もちろん、親でもない。自分たちで決めるものなんだよ」
「そうは言いますが、では、なぜ、前に続く光への道を逸れて、わざわざ茨の道なき道を進むことがあるんですか?」
「整備された道が光への道なのか?そんな道を進むことが幸せなのか?」
「その道を進むことが幸せなのではありません。その道の先に幸せが待っているのです」
「ふん。じゃあ、お前は今幸せか?整備された光への道を進んできたんだろ?」
「幸せですね。幸せですよ」
「娘に反抗され、オレにこうやって詰問され。幸せなのか?この今は」
「…何が仰りたいのでしょうか」
「幸せというのは、茨の道なき道を進み、やっとの思いで見つけるものじゃないのか?どこにあるのかも分からず、本当にあるのかも分からないけど。あるいは、それを探し求めること自体が幸せなんじゃないのか?真っ直ぐ進むだけの道には何も落ちていないぞ」
「…見たところ、衛士長さんは相当お若いようですが。たったその程度の人生を生きてきたくらいで、いったい何が分かるというんです?」
「男女の別の次は、生きた長さの話か。まあいい。答えてやろう。オレは確かに二十年しか生きていない。お前の半分かそこいらかもしれない。でも、少なくとも、お前よりは有意義な時間を過ごしてきたのは確実だ。人生の意味を、お前は何に見出だしてるのかは知らないが。オレは、人生の意味は考えることにあると思っている。何をどれだけ考えてきたか。それによって、人生の価値も決まるんだよ。何も考えず、ただ真っ直ぐの道を進んできただけのお前とは違う。さらにお前は、その点に於いては千秋にすら劣っている」
「ふん。あなたに私の何が分かるんですか?私が、今まで何も考えずに生きてきたと?そういう決めつけこそ、ヘソが茶を沸かすというものです」
「ああ、確かに何も分からないさ。ヘソで茶を沸かしてくれても結構。だが、千秋の言うことに耳も貸さず、昔の古いしきたりに縛られ、決められた道を進むお前が、千秋より多くを考えてきたという証拠を見せてくれ。もしくは、オレを論破してみせろ」
「………」
「黙っていては分からない。負けを認めるのであれば、そう宣言してくれ」
「…時間が来たようです。本日はお引き取り願います」
「そうか。まあ、もう二度と来ないから。何か用があるなら、お前から城に出向いてくれ」
「はい、そうさせていただきます…」
「じゃあ、帰ろうか」
「えっ?あ、そ、そうね…」
「………」
ウォルクは正秋に深々とお辞儀をすると、千秋を連れて部屋を出ていった。
勲と私も、それに続いて。
一瞬、振り返ってみると、正秋は頭を抱えているようだった。
「姉さま!」
「えっ?」
と、廊下に出たそのとき、奥の方から誰かがこちら…千秋の方に走ってきて。
それから、そのまま抱きつく。
「姉さま!行っちゃヤだよ!」
「正光…」
「ヤだよ…。姉さま…」
「ごめんな…。でも、俺はもう、この家の人間じゃないから…」
「父さまがいけないの?だったら、僕が父さまから姉さまを守るから!だから…だから…」
「…ありがとう。でも、もう決めたことだから」
「ヤだよ…。ヤだもん…」
「………」
…居場所があるんじゃないか。
この家にも。
でも、千秋は頑なに拒む。
それは、もう家を出ることを決めたからだろうか。
それとも…この小さな味方を守るためなんだろうか。
…涙ぐむ勲を連れて、とりあえず、その場を離れた。