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さて。
洗濯も済んだし、準備も終わってるわけだが。
「千秋、遅いわねぇ…」
「そうだな」
「寝坊するような子じゃないんだけど…」
「じゃあ、寝坊じゃないんだろうよ。実質、実家に殴り込みにいくようなものなんだし。それなりの心構えが必要なんだろう。昨日はかなり意気込んでいたけどな」
「そうなのかしら…」
「まあ、どのみち来るだろ。待ってみよう」
「そりゃそうなんだけど…」
そわそわする勲を置いて、傍にあった石に腰掛ける。
慌てるだけ損だ。
こういうことは。
「もしかして、道に迷ってるんじゃないかしら…」
「昨日もここに来てたのに、なんで迷うんだよ。しかも、こんな大きな目標を見失うわけもないし、道も市場の大通りを真っ直ぐやってくるだけだし」
「隊長は、千秋のこと、心配じゃないの?」
「心配したって仕方ないだろ。あいつはもう、立派な大人なんだから。しっかりとした、自分の意思を持っている」
「…信じてるのね、千秋のこと」
「信じなくてどうする」
「…そうね。ごめんなさい」
「なんでオレに謝るんだよ」
「………。隊長は、強いのね」
「ふん。お前と変わらない、普通の人間だ」
「ふふ、そうね。ほんのちょっと、考え方が違うだけ。…ホントに、一葉に似てきたわ」
「そりゃどうも」
「そういう、ちょっと憎たらしいところは、一葉とは違うけどね」
「ふん」
「でも、好きよ。隊長のそういうところ」
「そうか」
「ふふふ」
「ごめんごめん、ちょっと遅れた」
「あ、千秋。もう…。ちょっとじゃないわよ。大遅刻」
「引っ越しの手続きに手間取っちゃって。でも、大丈夫だよ。帰ってくる頃には、たぶん全部終わってるよ」
「引っ越しなら、外注しなくても、みんなで運んだのに」
「最後まで迷惑掛けられないよ。それに、これからもしっかりお世話になるんだから」
「もう…」
「それより、早く行こうぜ。ウォルクも待ってんだ」
「ウォルクさんも来てるの?」
「当たり前だろ?もう、あそこの召使いは辞めるんだから」
「そっか…。そうだったわね…」
「なんだ、浮かない顔してんな、勲さん」
「ううん…。そんなことないわ…」
「そうか?んー、それならいいけど…」
「ごめんなさいね。じゃあ、行きましょうか」
「おぅ」
…千秋、若干勇み足な気がしないでもないけど。
大丈夫かな…。
まあ、気の迷いはないみたいだな。
噂のウォルクにも挨拶をして。
それから、千秋の家に行くとするか。
長屋に着いた。
いたって普通の長屋なんだけど、その横ではオカマたちが井戸端会議をしている。
「あらぁ。隊長さんじゃないの?」
「聞いたわよ。千秋ちゃんのお屋敷に殴り込みにいくんですって?」
「あぁ…。まあ、そんなところだけど…」
「ワタシたちも連れていってもらえないかしら?」
「それは…」
「隊長を困らせないで。今日は、私と千秋とウォルクさんで行くんだから」
「もう…。そんなに目くじら立てなくたっていいでしょ?…分かってるわよ。しっかりやってきなさいよね」
「ええ、ありがとう」
「ウォルクさんは裏で待ってるわ。それじゃ、千秋ちゃん。応援してるから」
「ありがと、みんな。俺、頑張るから!」
「そうだ。みんなで気合いいれましょうよ」
「いいわね、それ」
「楽しそうね」
…盛り上がっているところを悪いが、私は先に裏へ向かう。
まあ、士気を高めるのは悪くない。
準備万端で臨んでくれればいいさ。
「………」
長屋の裏に回ると、誰かが静かに立っていた。
あれがウォルクなのか?
「ん?あぁ、失礼。少し、考え事をしておりました」
「お前がウォルクか?」
「はい、いかにも。失礼ですが…あなたが紅葉さまでしょうか」
「ああ。千秋から聞いてたか?」
「はい。花嫁に取るんだと、意気込んでおりました。なるほど、お噂以上のお方ですね」
「ふん。会ったばかりなのに、随分軽いな」
「これくらいの爺になってきますと、一目見ただけでも、おおよその人となりは分かってしまうものなのです」
「そうか。そういえば、八重もそんなことを言ってたな」
「もし。失礼は承知なのですが、紅葉さまは今はおいくつなのでしょうか」
「二十だ。歳の割に貫禄があると言われるな。不本意ではあるが」
「ははは。そうですか。いや、しかし、確かに歳の割には大人びていらっしゃる。私が二十のときなどは、まだまだ子供のようでしたのに」
「みんな、買い被りすぎなんだよ。オレだって、まだまだ子供だ」
「そうですか。では、そうなんでしょうね」
「バカにされてる気分だな」
「ふふふ。滅相もございません」
さすが、千秋の執事だけあって、上手くかわしてくるな。
こういうやつは、あまり敵に回したくない。
逆に言えば、心強い味方だということだけど。
「それで、本題に入るけど」
「はい。なんでしょう」
「お前は、千秋が家を出ることにはどう思ってるんだ?」
「…私は、それでもいいんじゃないかと思うんです。千秋さまが、しっかりとした意思を持っていらっしゃるのであれば。そして、私は、千秋さまはその意思を持っていると信じていますので。だから、少しでも千秋さまの力になれるのならと考えて、今ここにいます」
「そうか。それで、千秋から今後の予定は聞いているのか?」
「はい。完全に家と縁を切ったあとは、お城へお勤めになると。その上で、自らのお給金で私を雇っていただけると聞いております」
「ちゃんと話したんだな」
「はい」
「お前に悔いはないんだな。恩を仇で返すことになりかねないんだぞ?」
「ありません。もとより私は、向こうで持て余されてしまった千秋さまのお世話係を仰せつかった身ですので。いつ、何時でも、私は千秋さまのお傍におります」
「分かった。千秋も、ウォルクも、決心は揺るぎないものだということだな」
「はい」
ウォルクは、真っ直ぐ前を見つめていた。
そこにしか道はないという風に。
…オカマたちの鬨の声も聞こえる。
そうだな。
よし、行くか。