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相も変わらず、こんな時間に起きてしまう。
何をすることもないけど、響と光はようやく帰ってきてくれたみたいだ。
…今日は千秋の家に乗り込むんだったな。
勲は血の気が多いから、少し心配だけど。
止めないと言った以上、ある程度は自制してくれるだろうが。
しかし、千秋はどうだろうな。
勲に負けず劣らずみたいだから…。
まあ、なるようになるか。
気を揉むだけ無駄かな。
「はぁ…」
どこの家なんだろうな。
豪族の屋敷は、ここからでもいくつか見えるけど…。
どれかだろうな。
勲も、豪族らしい屋敷だって言ってたし。
…勲はどうやって調べたんだろうか。
千秋に聞いたのか?
でも、家出しているときだったら、話に出すのも嫌だろうし…。
んー…。
「………」
まあ、私が今ここであれこれ考えても仕方ないことだ。
さて…どうするかな。
どうせ、当番はまだ起きてないし。
…門は開いてるな。
散歩にでも行ってみようか。
「ふむ…」
そうだな。
行ってみようか。
朝の市場を歩いていく。
みんな忙しそうに走っているけど。
「おはようございます」
「おはよう」
「お疲れさまです」
「ああ」
見回りだと思ったんだろうか。
まあ、制服を着てるしな。
…やっぱり私服を着てきた方がよかったかな。
「あ、姉さん」
「ん?」
「姉さん。手伝いに来てくれたのか?」
「あぁ、ツカサか。いや、散歩に来ただけだけど…」
「なんだ…」
「お前は?」
「今は八百屋さんの棚出し。次はそこのお菓子屋に行くんだけど」
「忙しいんだな」
「うん。この時間は特にな」
「まあ、今日は手伝いにきたわけじゃないんだけど…」
「分かった。ごめんな、引き止めて」
「いや。オレの方こそすまなかったな」
「ううん。じゃあ、また」
「ああ」
ツカサは軽く手を振ると、八百屋の方へ戻っていった。
…そうだな。
今度は手伝いに来てもいいかな。
ぼんやりしてるよりは、よっぽど有意義な時間を過ごせるだろう。
「あ、紅葉ちゃん」
「ん?なんだ、涼か」
「なんだはないでしょ」
「お前は何してるんだ?棚出しか?」
「ううん。うちは食堂だし、棚出しはないよ」
「そうだろうな」
「もう…。分かってるなら言わないでよ…。今はちょっと散歩」
「そうか」
「紅葉ちゃんは?」
「オレも散歩だ」
「そっか。じゃあ、一緒に行こっか。まあ、今は帰りだから、食堂までだけど。あ、そうだ。朝ごはん、食べていく?」
「そうだな。…そういえば、哲也は?」
「まだ寝てるよ。日がもう少し昇ったら起きてくると思うけど」
「そうか」
「うん」
「早起きだな」
「そうかな」
「うちの調理班よりはな」
「えぇ…」
涼と一緒に市場を歩いていく。
やはり涼の方が顔が広いから、挨拶される数も多いな。
「涼さん、連行されてんですか?」
「バカ言ってんじゃないよ。あんたんとこの悪い噂、流してやるんだから」
「ははは。やめてくださいよ。冗談抜きで潰れますんで」
「潰れればいいんじゃない?」
「涼さんに偉そうな口を聞くようなやつの店は、潰れた方が市場のためかもしれませんねぇ」
「ふん。そうさね」
「ははは。まあ、気を付けてください」
「はいはい、どうも」
「はぁい」
「ホントに、まったく…」
「…顔が利くんだな」
「まあね。紅葉ちゃんも、ここで働けば私以上に幅を利かせられると思うよ?貫禄たっぷりだしさ。市場の顔にだってなれるよ」
「褒め言葉には聞こえないな」
「あはは。貫禄があるって言われるのは嫌い?」
「私はまだ二十だしな」
「そっかそっか。まあ、でも、子供の一人か二人こさえれば、自然と貫禄も出てくるよ。女って、そういう生き物だし。紅葉ちゃんも、利家くんと一緒に子供作ったら?」
「ふん。お前は貫禄たっぷりということか」
「そうだねぇ。二人もいるしね。貫禄たっぷりでしょ?」
「どうだかな」
「ね、紅葉ちゃんの子供ってどんな子かな」
「もうその話題から離れろ」
と、そこでちょうど食堂に着いた。
暖簾はまだ仕舞ってあったが、入口の戸を開けてさっさと中に入る。
「ただいま~」
「おぅ、お帰り」
「邪魔するぞ」
「ん?衛士長さんじゃねえか。朝ごはん、食ってくか?」
「そのつもりで来た」
「そうか。まあ、適当に座れや」
「ああ」
「それでさ、今日はどこかに行くの?」
「ん?なんでだ?」
「ちょっと、噂を聞いてね」
「まったく…。どこで仕入れてくるんだ、そんな噂?」
「私たちの情報網を侮ってもらっちゃ困るね」
「そういう問題じゃないんだけど…」
「まあまあ。それで?どこに行くって?」
「千秋の家だよ」
「千秋?あそこの釜屋の千秋ちゃん?」
「知ってるのか」
「もちろんだよ。すっごい家の娘さんなんだってね」
「あいつは女扱いされるのが嫌らしいけど」
「あぁ、そうらしいね。オナベって言うの?」
「そうだな」
「複雑だよね、そういうのって」
「そうだな」
「で、今日はどんな話をしに行くの?娘さんをくださいって?」
「まあ、強ち間違いではないな」
「えっ、嘘。利家くんはどうするの?」
「ふむ…。さあ、どうしようかな」
「えぇ~…」
「まあ、あの子はもう家には帰らねえって話だぞ。ウォルクのオヤジに聞いた話だが」
「ウォルクさん?なんで?」
「なんだ、知らないのかよ。ウォルクのオヤジはあそこの豪邸の執事だ」
「えぇ、そうなの?」
「ああ。まあ、それよりだ。朝ごはん、お待たせ」
「ふぅん。割と豪勢だな」
「どうも」
「じゃあ、食べよっか」
「そうだな」
とりあえず、箸を取って。
いただきます。