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広場は静かだった。

子供たちの楽しそうな声と、鳥の鳴き声が聞こえるくらいで。

千秋は、リュウの頭を撫でて。


「あそこは何なんだ?畑か?」

「まあな。望の花畑だ」

「ふぅん。望?」

「ああ。黒狼の女の子なんだけど…今はいないな」

「そうか」

「それで、どうだ?」

「えっ?何が?」

「ここだよ。いいところだと思わないか?」

「そうだな…。いいところだよ、ここは」

「衛士長であるオレがこんなことを言うのもなんだけど…家に帰らなくてもいいんだぞ?辛いのならな。お前からは、そういう空気を感じる」

「………」

「オレの勘違いならいいんだけどな。…我慢しなくていいこともある。お前はもう十六なんだろ?親か何かは知らないが、そういうところを離れて一人立ち出来る年齢だと、オレは思う」

「俺は…」

「まあ、お前の好きにすればいい。お前がどういう決断をしようとも、オレはそれを受け入れるよ。あー、お前の決断をオレが受け入れるってのはおかしいか」

「………」


千秋はずっと遠くを見ているようだった。

ただ、どこを見てるわけでもない。

そんなかんじ。


「…紅葉は、なんでも分かるんだな」

「そんなことないさ。だけど、不安や迷いは感知出来ると思ってる。この鼻でな」

「ふん。不安や迷いの匂いってどんななんだ?」

「そうだな…。苦くて、酸っぱくて。でも、少しずついい匂いに変わってくる。それを乗り越えることが出来たらな」

「…俺のはどうだ?いい匂いになってきてるか…?」

「そうだな。半々ってところかな。はっきり決めたところと、まだ迷ってるところがある。どうだ、当たってるか?」

「…当たってるよ、ピッタリと」

「そうか」

「………」


少し伏し目がちになって、それから、顔を上げてこちらをジッと見つめる。

その瞳には、今は、迷いはないようだった。


「不思議だな、紅葉は」

「よく言われる」

「…話すよ。俺のこと。俺の家のこと」

「そうか」

「俺でもよく分からない。なんで、話そうと思ったのか…」

「そういうものだ。オレが気になるなら、独り言として話せばいい。その場合は、オレはただ聞くことに徹するから」

「いや…。俺が好きになった人として。聞いてくれ」

「ああ。分かった」

「…俺の家は、言わば豪族だ。下町でもかなり有名な。そういう家ってのは、今のこの時代でも昔からのガチガチの考え方で、男は家を継ぎ、女は優秀な子を生めと教え込まれてきた。俺はそんな家の一番上の長女として生まれたんだ。それで、こんなだろ?俺は男なんだ。女の嗜みとして琴やら生花をやらされるのは苦痛だった。それで、ずっと反発してたんだ。なんで、男の俺がこんなことしないといけないんだってな。だから、家族からも疎まれて、冷飯を食ってきた。それで、耐えきれずにフラフラと夜の街を歩いてたとき、勲さんに拾われたんだ。三、四年前だから、ちょうど反抗期の真っ盛りだった。勲さんは、そういう事情を汲み取ってくれて、オカマさんたちが使ってる長屋に俺を入れてくれた。少し距離を置いて、改めて家族について考えさせるって意図もあったらしいんだ。そのときの俺には分からなかったけど。それで、勲さんは俺の家に出向いて家族とも話をつけてくれたらしい。しばらくしたら、使用人が迎えにきてくれた。こんな俺でも優しく接してくれた、老使用人が。でも、結局、家族…それでもまだ家族と思ってた誰も、迎えにはきてくれなかったんだ。もう、俺はあの家には必要ないんだって分かった。俺はもう、一刻も早くあの家を出たかったんだ…」

「じゃあ、なんで?」

「自立するには、俺はまだ幼すぎたんだ…。オカマさんと一緒に過ごした短い間にも分かった…。俺はまだ、一人では生きていけないんだって…」

「…そうか」

「勲さんと使用人に相談したら、あの店で働くことになった。居酒屋だし、酒臭いおっさんに絡まれることもしょっちゅうだけど…。でも、それまでの人生よりずっと楽しかった。生きてるって、俺は必要とされてるんだって思えた。今は、オカマさんと同じところの長屋を借りて暮らしてるんだ。充足した毎日を過ごしてるよ。使用人には迷惑と心配を掛けてるけど…。でも、俺は、少なくともあの家には帰らない」

「…それが、お前の決断なんだな」

「ああ。ここに来るかどうかはまだ決められてないけど…」

「そうか。分かった」

「…あのさ」

「ん?」

「もし、ここに来るって決めたらさ、その使用人も連れてきていいか?俺の世話になった人だから…。今度は、俺が恩返ししたいんだ…!」

「この城に使用人は要らない。まあ…たとえば、お前が自分の金で雇うと言うなら、オレの知るところではないがな」

「……!そうか!ありがとう!」

「礼を言われるようなことを言った覚えはない」

「そうかもしれないけど…。でも、ありがとう!」

「ふん」


千秋は表情を明るくさせて。

それから、またリュウの頭を撫でる。

…しかし、思っていたよりも根は深いらしい。

勲にも話を聞いてみないとな…。

千秋がどう振る舞うかというのは抜きにしても。


「そうか。引き抜いてきて雇用すればいいのか。なるほど」

「………」


さて、どうなるかな。

この問題の結末は。

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