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「はぁ…」
「どうするの、姉ちゃん?」
「どうするのって…どうしようもないだろ」
「さっきからため息ばっかりだよ?」
「そうだな」
「姉ちゃんは気にならないの?」
「別に気にならないが」
「はぁ…。何それ…。千秋が聞いたら哀しむよ?」
「聞いたらも何も、この距離なら聞こえてるだろ」
「もう!そういうことを言わないの!」
「全く意味が分からないんだけど…」
「千秋の気持ちも考えてあげなよ!」
「お前、なんかさっきから支離滅裂だぞ」
「なんでもいいから、千秋に謝って!」
「なんだよ、それは…。なんで謝らないといけないんだよ…」
「だって、ため息とか聞いてたら、こっちも気分が落ち込むじゃん」
「それなら、あいつに直接言ってくれ。オレを介そうとするな」
「もう…。ちょっとくらい言ってくれたっていいのに…」
「だから、お前が言えよ…」
なんで、私が言わないといけないんだよ…。
ていうか、気になるなら厨房から出ていけばいいのに…。
「はぁ…。仕方ないな…。おい、千秋」
「ん…?」
「少し外に出よう。こいつが五月蝿いから」
「ちょっと、姉ちゃん!」
「えっ?紅葉と…?」
「ああ。外の新鮮な空気を吸えば気も晴れるだろうし、考えもまとまるかもしれない」
「あ…うん…。分かった…」
「よし。じゃあ行こう」
千秋の手を取ると、顔を真っ赤にして慌てて立ち上がった。
そして、手を振り払って、先に厨房を出ていってしまった。
風華は早く追い掛けろと言わんばかりに睨みつけてきてるけど。
まったく…。
風華が五月蝿いから声を掛けたのに…。
とにかく、私も厨房を出て。
「さて…」
どこに行ったかな…。
あいつ、なんか無駄に足は速いよな…。
まあ、別にそれは構わないけど。
一緒に行くって言ってるんだから、少し待ってくれてもいいだろうに…。
とりあえず、匂いを追い掛けることにする。
「お母さん」
「ん?あぁ、リュウ。どうした?」
「誰か探してるの?」
「ああ。千秋をな」
「ふぅん」
「そういえば、お前、千秋に何か言われなかったか?」
「えっと、俺が守ってやるからなって言ってたの」
「そうか。守ってやる、か」
「うん。でも、それがどうかしたの?」
「いや、なんでもないんだけど」
「ふぅん?」
「そうだ。今から千秋とちょっと歩きにいくんだけど、お前も一緒に来ないか?」
「うん、行くの。でも、千秋お姉ちゃんは?」
「あいつは、先に行った。今から追い掛けるところだ。まあ…とりあえずついてこい」
「うん。分かったの」
リュウが手を繋いできたので、しっかり握り返してやる。
そしたら、リュウも返事をするように手に力を込めて。
…まあ、こいつは確かに、歳の割にはおっとりしてるな。
いや、歳の割には…という言い方はおかしいか。
同い年で同じ龍の響はかなりやんちゃだし、光はしっかり者だし。
三者三様といったところだけど、リュウは特に、何にも動じないというかなんというか。
昔の桐華を思い出すな。
あいつも、いつまで経ってものほほんとしたやつだった。
問題なのは、今もそうだということだけど…。
リュウはそうならないように、ちゃんと教育していかないとな。
…そういえば、響と光はどうなったんだろうか。
口出しせずに自分たちで解決させることにはしたけど、やっぱり切っ掛けはいるだろうか。
まあ、それを設けるのもあいつらの役割なんだろうけど…。
大丈夫だと分かっていても、どうしても心配になってしまうな…。
「お母さん」
「ん?どうした?」
「どうしたの?ずっと黙ったきりなの」
「あぁ、すまない。ちょっと考え事をしてた」
「響と光のこと?」
「まあな」
「あの二人なら大丈夫なの。さっき、一緒に広間で何か話してたの」
「そうなのか?」
「うん。何を言ってるのかは分からなかったけど、でも、二人とも真剣な顔をしてたから。きっと、仲直りのための話し合いをしてたの」
「そうか。…そうだな。ありがとう。いいことを教えてもらった」
「えへへ」
そうか。
それなら安心出来るな。
切っ掛けも自分たちで見つけてくれたようだ。
今夜は、二人とも部屋に帰ってきてくれるかもしれないな。
「ねぇ、お母さん」
「なんだ?」
「わたしね、桜お姉ちゃんにお裁縫を習ってるんだよ」
「そうなのか?そういえば、響と光もそんなことを言ってたな…」
「うん。香具夜お姉ちゃんが、女の子の嗜みだからって」
「あいつ、そんなことを言ってるのか…」
「うん」
「何か他にも言われなかったか?花を生けろとか、苦いお茶を飲めとか」
「ううん。別に」
「そうか…」
「お裁縫、楽しいの。いろんな生地を縫い合わせたり、服を作ったり」
「そうか。まあ、裁縫は出来るようになってくると楽しいよな」
「うん。たまに、指とか刺しちゃうけど…。でも、桜お姉ちゃんが絆創膏を貼ってくれるの」
「さすがに用意がいいな。…どうだ、桜は。いい先生か?」
「うん。お裁縫のことは、しっかり教えてくれるの。算盤とかお習字はダメだけど」
「そうだな。あいつはそういうのはダメっぽいな」
「全然ダメなの」
六つも下のリュウに言われていたら世話ないな。
しかし、算盤に習字とは、リュウはあの孤児院の寺子屋まで行ってるんだろうか。
まあ、勉強熱心なのは感心するな。
その調子でしっかり勉強して、立派な大人になってくれよ。