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さて、朝食を食べに…といきたいところだが。
「まずは風呂…だな」
「なんで?」
「なんでって…」
可愛く首を傾げられても困る。
…こんな血生臭いやつの隣で、オレは飯なんか食えんぞ。
「とにかく、風呂だ、風呂!」
「わ、分かったから、そんな引っ張らないでよ!」
引っ張らないでいられるか。
血塗れの娘を連れ回す趣味もない。
と、途中で灯に会ってしまった。
「あ、隊長…とユカラさん?もう起きられるんですか?」
「ああ。心配を掛けたな」
「いえ…。それより、そんなに急いでどちらへ?」
何も言わずにユカラをつき出す。
すると、灯は苦笑いを浮かべる。
「あぁ…。ご、ごゆるりと…」
そして、ユカラを出来るだけ見ないようにして立ち去る。
…これが普通の反応。
「どうしたんだろ?」
ユカラはまた首を傾げた。
基本的に朝風呂はしない。
だから、湯は張られていないのが普通なんだけど。
でも、なぜか今日は張られていた。
「はぁ~」
「広いね~」
「ああ。二十人いてもゆったり入れるからな」
「へぇ~」
まあ、二十人がいっぺんに入ることなんてないんだけど。
男の時間、女の時間でだいたい別れてるし、ある程度の組分けもあるみたいだ。
でも、私はいつでも構わず入っていくから、もしかしたら、その暗黙の規則を知らないのでは…なんて噂があるようだ。
まったく失礼な噂だ。
だいたい、男だ女だと区別するのがおかしいんだ。
狼だった頃は、そんなことほとんど考えなかったな…。
「晴れの日は 明るい歌を歌いましょ
曇りの日は 楽しい歌を歌いましょ
雨の日は 嬉しい歌を歌いましょ
どんな日も 幸せな歌でみんなニコニコ」
「何の歌なんだ?」
「歌の歌。昨日、光が歌ってくれたんだ。でも、お礼、言えなかった…。光…泣いてた…。あたし…何も出来なくて…何もしなくて…」
「今日言えば良いじゃないか。もちろん、お礼はすぐに言うのが一番良い。でも、感謝の気持ちをちゃんと込めれば、いつ言っても伝わる」
「…そうだよね。ちゃんと、お礼、言わないと!」
グッと握り拳を作る。
…それにしても
「ん?どうしたの、姉ちゃん?」
「あ、いや…。なんでもない」
まだまだ油断は出来ない。
見たところ、ユカラは望より少し上といったところだ。
成長の余地はあるからな…。
私なんか、もう…。
香具夜、あれだけ大きいんだし、ちょっと分けてくれないかな…。
「姉ちゃん、髪、洗ってあげよっか?」
「え?あぁ、そうか。ありがとう」
「えへへ」
湯船から上がり、ユカラの隣に座る。
「綺麗な髪…。お手入れとかしてるの?」
「いや。まったく」
「ふぅん。良いなぁ」
「ユカラの髪も綺麗じゃないか」
「あたしはダメだよ~」
「なんで?」
腰を少し越すくらいの長さで、黄金色に光っている。
私の髪なんかより、ずっと綺麗なのに…。
「あたしの髪…ううん、あたし自身、作られたもの。全部偽物」
「……?」
「あたしは、ただ実験のためだけに作られた。最強の兵士を開発するために。…あたしの前に、十二人。十二人が、望まぬ生を受け、弄ばれ、殺された。あたしは、たまたま上手くいった。あいつらの思う通りの成果が得られた…。ホントはね、今日が戦場投入実験の日だったの。今日、たくさんの人を殺すはずだったの」
ユカラは、自分の身体を抱くようにして、震え始める。
「でも、嫌だよね…?自分のせいで、人が死ぬんだよ…?血が…血が出て…。血?血って何?分からない…見えない…。これ…もしかして血?血で濡れてるの?嫌…嫌ぁ…」
まずい…!
「ユカラ!しっかりしろ!」
「姉ちゃん…?あ…あぁ…どうしたの…?血だらけだよ…?」
「これは血じゃない!ただのお湯だ!」
「だって、赤い…。赤い…?赤いって何…?何色なの…?」
もしかして、赤を知覚出来ないのか…?
だから、さっきも…。
「姉ちゃん…またあたしがやったの…?またあたしが…?」
「ユカラ!」
でも、これではまた繰り返しだ…!
「あうぅ…」
「ユカラ…」
どうすれば良いのか分からない。
だから、私には抱き締めてやることしか出来ない。
「分かるか?聞こえるか?オレの心臓の音。オレは生きてる。傷付いてもいない」
「うぅ…」
「ここにはユカラに人を殺させようとしてる人間はいない」
「………」
「作られたもの?そんなこと関係ない。ユカラはユカラ。私たちの大切な家族」
「うっ…うぅ…」
「もう大丈夫。そう言ったよな?」
「うぅ…姉ちゃぁん…」
「大丈夫だから…」
ユカラはまた泣いた。
ふふ…ホント…泣き虫だよな…。
血生臭い雰囲気はここまでだと思います。
いろんな意味で。