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「いたた…」
「もう…。何してたの?」
「訓練だよ、訓練。攻撃を避ける」
「防具もしてたんでしょ?」
「防具なんて、あんまり意味ないよ…。お姉ちゃんの攻撃、バシバシ当たるし…」
「防具がなかったら痣になってたんじゃないの、これ?」
「防具があっても痣になりそうだよ…」
「そんなヘマはしないさ」
「まあ、姉ちゃんならね…」
「あいたたた…」
風華に湿布を貼ってもらったところを大袈裟に痛がるナナヤ。
まったく…。
しかし、あれ以上手加減したら、訓練にならないぞ…。
「はぁ…。それにしても、動いたらお腹空いちゃった。昼ごはんに行こうよ」
「そうだね」
「あ、そういえば、風華。朝、リュウと何を話してたんだ?」
「えっ?聞いてたの?」
「ナナヤがな」
「ちょっと、お姉ちゃん!」
「なんだよ。事実だろ」
「別に、聞かれて困る内容でもないけどね…」
「なんだったんだ?」
「えぇ?千秋がさ、リュウのことを気に入ったって。可愛いから」
「ふぅん。ほとんど、ナナヤから聞いた話と同じだな」
「一瞬聞いただけだからね!本当に!」
「誰も、お前がどれくらい立ち聞きしてたかなんて聞いてないぞ」
「お姉ちゃんなら聞きそう」
「それは被害妄想ってやつだな」
「なっ!失礼な」
「でさ、いつになったら昼ごはんに行くの?」
「えっ?あぁ、そうだった。お姉ちゃんのせいで忘れるところだったよ」
「忘れるということは、その程度のことだったということだな」
「そんなわけないでしょ…。死活問題だよ…」
「まあ、あれこれ言う前に早く行こう」
「お姉ちゃんが言わないでよ…」
「はいはい」
とりあえず、さっさと医療室から出て。
二人を待たずに、さっさと厨房に向かう。
…まあ、昼からの訓練はどうなるかな。
たったあれだけで音を上げるほどだからな。
昼からはないかもしれない。
葛葉が噛んでる木匙を取り上げて。
金属のものに替える。
「決まったのか?」
「いや…。それはまだだけど…」
「じゃあ、なんで帰ってきたの?」
「風華…。別に、戻ってくるのは自由だろ…」
「あの…えっと…。今日の当番を代わってもらったのを忘れて出ていってさ…。慌てて戻ってきたんだけど…」
「当番を代わってもらったって、やる気だねぇ」
「いや…。そういうわけじゃないんだけど…」
「おかわり~」
「あ、うん」
葛葉から茶碗を受け取って、ご飯をよそう千秋。
まあ、朝にあいつがここにいたときも驚いたけど、いつの間にか当番を代わっていたってことにも驚いたな。
一見すれば、ここに来てくれるんじゃないかとも取れるけど…まだ決まっていないのか。
まあ、それはそれでいい。
「そうだ。お前、リュウが気に入ったとかなんとか言ってたらしいじゃないか」
「えっ?あぁ。そうだけど」
「どういうことなんだ?」
「あいつってさ、なんかおっとりしてて守ってやりたくなるじゃないか」
「そうか?」
「そうなんだよ。ニッコリ笑った顔も可愛いしな」
「でも、姉ちゃんのことが好きなんでしょ?」
「え?そうなの?」
「い、紅葉には、また今度、身の振り方を決めたときに、改めて告白するつもりだ。それまでは、まだ保留ということにしてもらってる」
「ふぅん。でもさ、オナベって言っても女の子じゃん。お姉ちゃんと結婚出来るわけでもないんじゃないの?」
「ナナヤ…」
「………」
千秋は俯いて黙ってしまった。
ナナヤは、本当に思ったことがそのまま口から出ていくな…。
いいところでもあるが、今は悪い方に働いている。
「俺は…昔から、女のくせにとか女だからとか言われるのが嫌だった…。俺は男なのに…。なんだよ。身体と心の性別が一致しない人だってたくさんいるんだよ。女同士だから紅葉と結婚出来ないなんて、誰がそんなことを決めたんだよ…」
「千秋…」
「でもさ、結婚したところで子供も出来ないし。そういうのはいいの?」
「俺だって…俺だって…」
「千秋側だけじゃない。お姉ちゃんにも、その選択を迫らないといけないんだよ?」
「分かってるよ!でも…俺が男だったら…。俺が男だったら、こんなこと、考えなくても済んだはずなのに…。紅葉に、真っ直ぐに、結婚を申し込むことが出来たのに…」
「真っ直ぐ申し込めないの?」
「………」
「私にはちっちゃくて可愛い女の子にしか見えないけどさ。でも、心は男の子なんでしょ?いろんなしがらみはあるけど、男なんだったら、ガツンと決めて、ガツンと申し込んだらどうなの?身体と心の性別が合ってないだけってんなら。さっきはいろいろ言ったけど。そんなのは俺に任せろ、ドーンと俺についてこい!くらい言えないの?」
「………」
「男の子の考え方なんて分からないけどさ、女の私からしたら、それくらいの頼り甲斐と気概がないと結婚は出来ないかな」
そう言いながら、最後の一口を食べ終わって。
それから、席を立って厨房を出ていってしまった。
…あいつも、桐華と同じだな。
いつもはなんとなしに適当なかんじに過ごしてると思えば、いきなりビックリするようなことを言ったりする。
何なんだろうな、あのかんじは。
「ナナヤの言う通りだ…。俺には、紅葉を嫁に迎えるような器はない…」
「千秋…」
「千秋、だいじょうぶ?」
しかし、大きな難題を残していったな。
まあ、いずれ千秋が考えなければならない事柄ではあるんだけど。
…どういう答えにたどり着くんだろうな。