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「昨日はどこに行ってたの?」

「ん?ちょっとな」

「えぇ?何?」

「勲の店だよ。市場に行ったついでに」

「へぇ、そうなんだ。それだったら、私も行きたかったな」

「まあ、また行けばいいじゃないか」

「そうだけどさ。…そういえば、あの厨房にいた千秋って人、誰なの?」

「勲の店で働いてるんだよ。名前は聞いてるのに、そういうことは聞かなかったのか」

「いいじゃん、別にさ。それより、千秋って女の子だよね?」

「身体はな」

「やっぱり?」

「どういうやっぱりかは知らないけど」

「あの子も勲さんと同じ?」

「まあ、逆だけどな」

「んー、性別はね」

「本人たちは、あまり興味本位で話のネタにされたくないみたいだけど」

「そうだね。ところで、千秋、料理上手いんだね」

「そうだな」

「ホントにマメだし、女の子みたい」

「だから、そんなこと言われてるって知ったら、あいつ怒るぞ」

「あはは。そうかもしれないね」

「俺が何みたいって?」

「え?」


風華は後ろを振り向く。

すぐ背後で、千秋が仁王立ちをしていて。


「あー、噂をすれば影だね」

「生憎、俺は地獄耳でな。悪口を言われれば、すぐに駆け付けられる足もある」

「それは怖いねぇ」

「ふん」

「ほら、ボサッと突っ立ってないで、お前も手伝え」

「はいはい…。紅葉は人使いが荒いな…」

「それで、千秋ってさ、なんで自分を男だと思うようになったの?」

「あぁ?…さあな。物心付いたときからずっとだよ」

「ふぅん。そうなんだ」

「なんだよ」

「別に。そういう人って、どう考えてるのかなって」

「ただの興味かよ。だいたい、そういうのは俺らにとって迷惑なんだよ」

「ごめんごめん」

「…まあいい。今度からは気を付けろ」

「なんだ。やけにあっさりだね」

「………」

「まあ、好きな人の前だと、怒るものも怒れないよね」

「う、五月蝿い!」

「千秋は乙女だねぇ」

「だから、お前はそういう…。はぁ…」

「あはは。なんか面白いね~」

「冗談じゃないよ…」

「風華。その辺にしとけよ」

「はいはい」

「はぁ…」


まったく…。

千秋にとっては冗談とは言えないだろうに…。

風華も分かってるはずだけど…。

わざとだから、タチが悪いというか…。


「しかし、いつの間に仲良くなったんだ、お前ら」

「いつって、ねぇ?」

「はぁ…」

「朝ごはんのときか」

「他にないだろ…」

「何よ。なんか嫌そうだね」

「今、お前と知り合ったことをものすごく後悔している…」

「大袈裟だなぁ」

「………」

「あ、そういえばさ、千秋ってずっとここにいるの?」

「えっ?」

「えっ?」

「まだそういうことは考えてないんじゃないのか?」

「そうなの?」

「あ…いや…」

「やっぱり、ここにいるんだ」

「そういうわけじゃないんだけど…」

「違うの?」

「えっ…いや…」

「はっきりしないなぁ」

「そう簡単に決められることでもないだろ。今は、決断を急ぐことに何の意味もない」

「そうだけど…」

「千秋。来ないなら、それでいい。でも、来るとするなら、お前を迎える用意はいつだって出来ている。まあ、用意と言っても、そんなに大層なことでもないけど…」

「紅葉…」

「姉ちゃんの言う通りだけど、決めることはさっさと決める方がいいよ」

「お前なぁ…。オレが今話したことを全部フイにしたな…」

「だって、姉ちゃん、なんかいいことっぽいこと言うんだもん」

「なんだよ、それは…」

「い、紅葉!」

「ん?どうした。風華の言うことなんて聞かなくていいんだぞ?」

「あっ!酷いなぁ」

「違うんだ。ここに住むかどうかは、まだ決められない…。風華が言うように、優柔不断で情けない男だから…」

「そこまで言ってないけど…」

「でも、俺、紅葉のことが好きなんだ!結婚してほしいくらいに…」

「えっ、へぇ…」

「なんでお前が真っ先に反応してるんだよ…」

「あはは…。なんとなく…」

「まあ、とにかく。…その気持ちはオレとしても嬉しいものだ。だけど、それは、身の振り方を決めてから、また聞かせてくれ」

「じゃあ、ここに住む」

「えっ?早っ!何それ?」

「いや…。冗談だけど…。でも、分かった。そうだよな…。男が、身も定まらないままに告白するなんて…」

「…女の子だけどね」

「五月蝿い!風華は!」

「あはは。ごめんごめん。口が滑っちゃった」

「まったく…。まあ、近いうちに決めて、改めて告白する。それまで待っててくれ」

「ああ。分かった」

「じゃあ、俺は一旦帰る。邪魔して悪かったな」

「あ、帰るんだ」

「まだここに住むかどうかは分からないからな。それに、俺にも家はあるから…」

「…そうか。まあ、オレでよければ、何にでも相談に乗るから」

「…ありがとう。じゃあ、またな」

「あ、またね」


と、風華の返事を聞くか聞かないかのうちに、千秋は走っていってしまった。

…かなり足が速いみたいだな。

もう広場の真ん中あたりだ。


「でも、受けられないって分かってる申し出を保留するの?」

「なんで受けられないんだ?」

「姉ちゃんは兄ちゃんと結婚してるし、それに、千秋は…」

「あいつは男だよ。立派な」

「…そっか。そうだよね」

「そうだ」


受けられない申し出、か。

あいつ自身も、そういうことを言ってたな。

…私は、どう返答すればいいんだろうか。

返答を延ばしたのは、もしかしたら、自分のためだったのかもしれないな…。

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