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「姉さん…。なんで、こんな路地裏に…」

「ん?さっき、夕飯はいいって連絡しておいたから」

「いや、だから、なんで…」

「ちょっとな。思い出したことがあって」

「えぇ…?」

「お母さん、どこに行くの?」

「もうすぐだから」

「んー…。お腹空いた…」

「そうだな…っと、ここだ」

「えっ?ここって…」

「知ってるか?」

「呑み屋じゃないの?」

「そうだな」


準備中の看板は出てるけど、まあいいだろう。

戸を開けて、中に入る。

ふむ、内装はいたって普通の呑み屋だな。


「いらっしゃい…って、隊長じゃないの。どうしたの?」

「今日はここで食べようかと思ってな」

「そうなの?もう…隊長が来るって分かってたら、もっと気合いを入れてお化粧したのに」

「いいじゃないか。それより、りるが腹が減ったって言うから何か作ってやってくれ」

「はいはい。じゃあ、適当に座っておいて。すぐに用意するから。ちょっと、お客さまよ!」

「はぁい、ただいま」


おどおどしてるツカサと、興味津々のりると一緒に、近くの座敷に座る。

しばらく待ってると、奥から誰かが出てきて。


「はいはぁい。あら、お初さんね」

「ちょっと、忠行。この方はうちのところの隊長さんだから。機嫌を損ねたりしたら、お給料減らすわよ?」

「この人が噂の?まあ、大丈夫よ。ねぇ、隊長さん?」

「お前次第だな」

「あら。そう言われると燃えるわね。ねぇ、可愛い坊や。ちょっと詰めていただける?」

「は、はい…」

「じゃあ、頼んだわよ」

「はぁい」


勲は一度お辞儀をすると、すぐそこの台所に立って、何かを作り始めた。

なんというか、家庭的なんだな。

厨房じゃなくて、台所なあたり。


「緊張してるの、坊や?」

「あ、いえ…」

「坊や、お名前は?」

「ツカサです…」

「ツカサちゃんね。そっちのおチビさんは?」

「りる!」

「りるちゃんね。隊長さんは?」

「紅葉だ」

「紅葉さんね~。バッチリ覚えたわよ」

「ねぇねぇ、おっちゃん」

「はぁい、何かしら、りるちゃん」

「おっちゃんの名前は?」

「忠行よ。ただちゃんって呼んでもいいのよ?」

「ただちゃん!」

「んもぅ、この子可愛い~!持って帰りたいくらい!」

「えへへ」


忠行に抱き締めてもらって、嬉しそうに笑うりる。

…しかし、こいつは本当に持って帰りそうな勢いだな。


「ところで、忠行」

「どうしたのかしら、隊長さん」

「お前は、おっちゃんと言われてもいいのか?」

「なんで?いいじゃない。実際、見た目はおっちゃんなんだし。それは認めるわ。まあ、本当はおネエさんって呼んでもらいたいけどね。心は乙女だもの」

「ふぅん…」

「人それぞれよ、考え方なんて。絶対におネエさんがいいって人もいるし」

「そうだろうな」

「ま、オカマは寛大だから。一回二回の言い間違いじゃ、そこまで怒らないわよ」

「お待ち~。はい、りるちゃん。とりあえず、ご飯とお味噌汁ね」

「うん!いただきます!」

「どうぞ。偉いのね、ちゃんといただきますが言えて」

「えへへ」

「じゃ、おかずも作ってくるから。隊長とツカサちゃんも、何か食べたいものがあったら言ってね。愛情を込めて作っちゃうから」

「ああ」


そして、りるの頭を撫でてから、勲はまた台所に。

そういえば、りるはこいつらにも人見知りしないんだな。

りるの人見知りの基準って何なんだろうか。


「隊長さんとツカサちゃんは何にする?勲姐さん、本当になんでも作ってくれるわよ」

「そうだな…。まあ、適当に」

「俺も…」

「そう?勲姐さん!二人はなんでもいいって!」

「はぁい」

「それで、今日はお前たちしかいないのか?」

「今はまだ時間が早いから。すぐにみんな来るけど」

「そうか」

「隊長さん、積極的なのね」

「来たからには楽しんでいかないとな」

「まぁ…。女の人なのに、惚れちゃいそうだわぁ」

「そりゃどうも」

「ワタシとしては、ツカサちゃんの方が好みだけど」

「そ、そうですか…」

「ツカサちゃん、可愛い顔してるもの。みんなにモテモテだと思うわよ」

「う、嬉しいような、嬉しくないような…」

「あはは。はっきり言う子、嫌いじゃないわ」


忠行は、さらにツカサに寄っていって。

でも、ツカサはずっと苦笑いを浮かべていた。



店員たちや客も集まってきて、いよいよ賑やかになってきた。

ツカサも、途中から来た千秋とは馬が合うようで、楽しそうに話している。


「へぇ、そうなんだ。ツカサ、頑張ってるんだな」

「いや、まだまだ頑張らないと…」

「そっか。無理すんなよ」

「うん、分かってる」

「しかし、お前みたいなのも雇ってるんだな、ここは」

「ん?どういうことだよ」

「オカマばっかりだと思ってたけど」

「まあ、釜屋だしな。俺は、ある種の救済措置なんだよ。その気はないのに、物好きな上司に連れてこられたやつの相手をしたりさ。な、ツカサ」

「えっ?いや、俺は別に…」

「でも、お前だって、女が好きなんだろ?」

「そうだなぁ。俺の場合、結婚するなら紅葉だけど、親友になるならツカサだな」

「オレとは親友になれないか?」

「そんなの無理だよ。恋愛感情を持ってる相手を親友として見ることが出来るか?」

「オレに恋愛感情を持ってるのか」

「んー…。ちょっとな…」


尋常でなく顔を赤らめてるところを見ると、ちょっとどころの騒ぎではないかもしれない。

…忠行が注いでくれた酒を、少し口に含んで。


「ところで、お前、何歳だ?」

「えっ?十六だけど…」

「隊長さん。千秋ちゃんは、お酒なんて呑んでないわよ?」

「ああ。分かってる。少し気になっただけだ」


未成年が、こういうところで働くこと自体、原則禁止されてるんだけどな。

でも、千秋にも何か事情があるんだろう。

翔もそうだったように。

勲が雇ってるんだから、信用に値する事情だとは思うけど…。


「…お前、衛士になる気はないか?」

「えっ…?」

「朝昼晩三食に、制服も支給される。一人部屋から三人部屋、大部屋まで好きな寝室も選べる。給料はいいとは言えないけど。でも、温かい家庭が、お前をいつだって迎えてくれる」

「温かい…家庭…」

「千秋ちゃん…」

「気が向いたら、城まで来い。いつだって、門は広く開放されている」

「千秋。一日でもいいから、衛士の仕事、体験してみたら?」

「あ…。勲姐さん…」

「勲ちゃ~ん。こっち来なよ~」

「五月蝿い!大事な話をしてんだよ!ハゲは黙ってな!」

「…ハイ」

「ごめんなさいね。それで、千秋。私はいいと思うのよ。こんな呑み屋で働いて生計を立てていくよりは…ね」

「………」

「もちろん、私みたいに両立することも出来るわ。…一度、ゆっくり考えてみなさいな」

「…今日は、もう上がっていいですか」

「ええ。構わないわ。その代わり、しっかり考えるのよ」

「…はい」


千秋は暗い表情で立ち上がると、そのまま奥へと歩いていって。

ツカサは、それを心配そうに見ていた。


「大変なのよ、あの子も。隊長なら、分かってくれると思うけど…」

「ああ。…さて、オレたちも帰るか。りるも寝てるし」

「あ、うん」

「そう?残念だけど」

「お代は?」

「いいわよ、そんなの。隊長からお代は取れないわ」

「何言ってるんだよ。楽しませてもらったんだ。ちゃんと、お代くらい払わないと」

「そう…?じゃあ、大人二人に子供一人、麦焼酎の取り置き料を合わせて、五千円よ」

「ほら。五千円」

「はい、確かに」

「じゃあな。また来るよ」

「はぁい。お待ちしてま~す」


りるを背負って、店をあとにする。

外で、もしかしたら千秋に出くわすかとも思ったけど、そんなこともなくて。

暗い夜道を、ツカサと並んで帰っていく。

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