304
「それで?上手くやってるのか?」
「結構な。アルは、今はちょっと買い出しに行ってるけど」
「ふぅん。アルの買い出しと、上手くやってることは、何の関係もないけど」
「いいじゃないか、別に。…みんな優しくしてくれるよ。それこそ、勿体ないくらいにな」
「そうか。サンは、ここに来たりするのか?」
「ときどきな。それで、来たときは、いつでもお姉ちゃんの話をしてさ」
「怒られた、とかか?」
「それはあんまりないな。一緒にごはんを食べたとか、一緒に遊んでくれたとか」
「そうか」
「楽しそうに話してるよ。あの神社に住ませてもらってた頃と同じように。本当に、お姉ちゃんに預かってもらってよかったって思ってる」
「お前たちが迎えに来るまで、あいつの機嫌を損ねるわけにもいかないしな」
「大丈夫だよ、お姉ちゃんだったら。サン、本当に、お姉ちゃんのことを信頼してるから」
「まあ、そうだといいけどな」
「相変わらずだな、そういう言い回しも」
「相変わらずって…まだ何日しか経ってないだろ」
「そうだったな」
ユタナはクスクスと笑って。
…まあ、ここに来てからも、いろいろ考えることがあったんだろう。
サンのこと、今後のこと。
アルと一緒に。
「そういえば、ツカサは?本堂にいるって聞いてきたんだけど」
「えっ?あぁ、今は台所だと思う」
「台所?」
「うん。夕方の少し早い時間になったら、いつでもここに来て、夕飯を作る手伝いをしてくれるんだ。最初は、市場にある食堂の涼さんに言われて来たって言ってたけど」
「ふぅん…。そんなこともしてたんだな」
「知らなかったか?」
「まあな。でも、アルが買い出しに行ってるんじゃないのか?」
「日用品だよ。夕飯の食材じゃない」
「そうか」
「一番年長だからな、私たちは。手伝いもよくするんだ」
「そうか。偉いな」
「偉いだろ?」
「台無しだな、それで」
「はは、そうだな」
ユタナは笑うついでに、縁側に寝転がって。
赤く染まり始めた空を見てるらしかった。
「お母さん!」
「ん?どうした、りる」
「えへへ~」
急に向こうから走ってきたりるは、真っ直ぐに私の膝に座ってきて。
横からちょろりと出した尻尾をゆったりと動かしている。
「そういえば、その子は?」
「りるだ。お前とは初めましてか?」
「そうだな」
「おねーちゃん、誰?」
「えっ?あぁ、私はユタナだ。よろしくな、りる」
「うん!」
そして、りるは早くも私の膝から降りて、ユタナの隣に座る。
…ユタナには人見知りしないんだな。
やっぱり、金髪だからだろうか。
「金狼か、りるは」
「うん。キンロウ」
「りるの髪は綺麗だな。サラサラしてる」
「えへへ」
「毎日手入れしてるのか?」
「んー?」
「美希がしてるかもしれないな。あいつ、金髪に弱いし」
「あぁ、サンを可愛がってくれてた」
「そうだ」
「ふぅん…。いい香りがするな。香油か?」
「そうだろうな」
「いいな、ちゃんとお手入れしてもらって」
「オテイレって何?」
「りるの髪が綺麗でいられるように、きちんと手入れすることだ」
「手入れの説明に手入れを使ってどうするんだよ」
「あぁ、そっか」
「手入れっていうのは、髪とか尻尾の毛を櫛でといたり、香油を差したりすることだ」
「ふぅん。よく分かんない」
「ははは。よく分かんないんだってさ」
「そうだな」
ユタナが髪の匂いを嗅いだりしてるから、りるも自分の尻尾の匂いを嗅いだりして。
まあ、りるもそのうち、自分で手入れするようになるのかな。
そうなったら、美希は残念がるだろうか。
「あっ!狼の姉さま!」
「ルウェか。しばらく振りだな」
「うん!」
「ただいま、ユタナ」
「お帰り」
「姉さん、来てたんだね」
「ああ」
「姉さんが来てるなら、早く帰ってくればよかったよ」
そう言いながら、アルは履き物を脱いで。
ルウェも、急いで縁側に上がってきた。
…あいつ、ちょっと明るくなってないか?
まあ、子供たちに囲まれて暮らしていれば、明るくもなるか。
「ユタナ。ちょっと、これ、置いてくる」
「うん」
「姉さんを、ちゃんと引き止めておいてくれよ」
「分かってる」
「じゃあ、姉さん。もう夕方だけどさ、ゆっくりしていってよ」
「ああ。分かった」
「狼の姉さま!」
「ん?どうした」
「自分、髪、伸ばしてるんだぞ!伸びてる?」
「そうだな。相変わらず、綺麗な髪をしてる」
「えへへ。自分、もっともっと伸ばすんだぞ!狼の姉さまみたいに!」
「そうか。頑張って伸ばしてくれよ」
「うん!」
「ルウェ、お姉ちゃんのことが好きなんだな」
「うん、大好き!ユタナお姉ちゃんは?」
「私も好きだよ」
「えへへ」
ルウェは、頬のあたりの龍紋を光らせて。
こっちも相変わらず綺麗だな。
「ヤーリェはどうした?」
「ヤーリェは、今は料理のお手伝いをしてるんだぞ」
「なんだ、ヤーリェもか」
「えっ?」
「いや、ツカサが手伝ってるって聞いたところだからな」
「ツカサ、料理が上手いんだぞ。だから、いつも楽しみ!」
「そうなのか?」
「うん!食堂でね、料理を教えてもらってるって言ってた」
「ふぅん」
「狼の姉さまは、ツカサの料理は食べたことないの?」
「ないな」
「そっか」
ルウェは、どこかつまらなさそうに足をブラブラさせて。
そして、隣を見てビックリしたような仕草をする。
「そいつはりるだよ」
「りる?」
「ああ。ほら、りる。挨拶しろ」
「こんばんは」
「こんばんは」
「ルウェっていうの?」
「うん」
「りるはね、りるっていうの」
「うん。さっき聞いた」
「ルウェは、龍さん?」
「うん。蒼龍だよ」
「そっかぁ」
「りるは狼さんでしょ?」
「キンロウだよ」
「キンロウ」
「うん」
そんなかんじで、二人はどこか不思議な会話を続ける。
そして、そのうちにアルも来て。
ツカサとヤーリェが、手伝いを終えて台所から帰ってくるまで、沈みゆく夕日を眺めながら、しばらく五人で談笑していた。