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「紅葉ちゃん、今日はもう行くところはないの?」
「ないけど」
「なんだ。採寸にきただけ?」
「りるの服を買いにきただけだ」
「えぇ~。勿体ない」
「何がだよ」
「だってねぇ?市場に来て、着物だけしか買って帰らないなんて」
「いいじゃないか、別に」
「よかないよ。なんか、他に欲しいものとかないの?」
「ない」
「なんだぁ、つまんないの」
「つまらなくて結構だ」
「はぁ…」
…なんで、そこでため息なんだよ。
ため息をつきたいのは、私の方だっての…。
「お年頃の娘との会話とは思えないよ。なんか、おばあちゃんと話してるみたい」
「そりゃどうも」
「なんていうかさ、老獪というか、老けてるというか。一葉はそんなことなかったのに」
「ふん。母さんは母さんだろ」
「そうだけどさ。でも、一葉は可愛かったなぁ。二児の母とは思えないくらい」
「二児の母より可愛げがなくて悪かったな」
「んー。そうだねぇ」
「………」
「まあ、それが紅葉ちゃんのいいところっちゃいいところかもね。何にも動じないというか」
「褒められてる気がしないな」
「そう?私は羨ましいけどね。そういう鉄面皮なところ」
「褒め言葉じゃないだろ、それは」
「あはは、鉄面皮というか、感情があんまり外に出ないというか。そういうところだよ。私はさ、感情というか、考えてることがすぐに口に出るし」
「そうだな」
「あっ、何気に酷いなぁ」
「自分で言ってることを肯定して、何が酷いんだよ。しかも、全くその通りであることを」
「そこはさ、ちょっと否定するとかあるでしょ」
「なんで、オレがそんな配慮をしなけりゃならんのだ」
「えぇ?そりゃ、あれだよ、あれ」
「あれじゃ分からん」
「もう…。紅葉ちゃんって、ときどき意地悪だよね」
「どうも」
「はぁ…。そんなだから、老け込むのよ」
「それで結構だ」
「ホントに…」
涼は机に頬杖をついて、またため息をつく。
…だから、なんでそこでため息なんだよ。
「まあいいや。ツカサ!ちょっと来なさい!」
「あ、はい。なんでしょう」
「おぉ、速いね」
「はっ?いや、別に、厨房から出てくるだけですし…」
「そう。まあ、なんでもいいよ。今日はもう上がりなさい。夕方もいいわ」
「えっ?あ、涼さん、ダメですよ、そんなの。無理しないでください」
「してないって。ほら、見てみなよ。お腹もまだこんなくらいだし。心配ご無用」
「……!は、はしたないですよ…!人前でお腹なんて出して…!」
「あれ?照れてる?」
「照れてません!」
「あはは。まあいいじゃん、別に。人前ったって、今は誰もいないんだしさ。今日はもう上がって、紅葉ちゃんとの逢瀬でも楽しんできなさいな」
「逢瀬って…!ダ、ダメですよ!お給金も貰ってるのに!」
「えぇ?じゃあ、夕方の分は差っ引いとくからさ。ほら、この無愛想娘を連れて帰ってよ」
「ふん。無愛想で悪かったな」
「悪いよ、ホントに。さあ、帰った帰った」
「涼さん…!」
とりあえず、お代を置いて食堂を出る。
ツカサは、まだ抵抗してるけど。
まあ、妊婦相手にそんなに長続きはしないで。
すぐに、涼に押されて食堂から出てきた。
「涼さん!」
「あはは、じゃあね。ちゃんと、紅葉ちゃんと楽しんできなさいよ。今日の分は、また私が動けなくなってきたら、お願いするよ」
「動けなくなったときは動けなくなったときで、ちゃんとやりますから!」
「ツカサ、もう諦めろ。こいつは、お前の言うことを聞く気なんて微塵もない」
「なんか引っ掛かる言い方だね」
「ふん。今までのお返しだ」
「…まあ、紅葉ちゃんの言う通りさね。ツカサ、今日は帰りなさい」
「うぅ…。絶対に、無理しちゃダメなんですからね!」
「はいはい。分かってる分かってる」
「………」
何か言いたげだったけど、ツカサはそのままどこかに走っていってしまった。
…どこに行くんだよ。
まあ、匂いを追いかければいいんだけど。
「やっぱり優しい子だね、ツカサは」
「そうだな」
「哲也も、あんな子に育ってくれたらいいんだけど」
「まあ、育て方次第だろうな」
「そうだねぇ。…ところで、あれ、追い掛けなくていいの?」
「匂いを追い掛ければいい話だからな」
「そっか。便利な鼻だね」
「いちおう、狼だからな」
「あはは、そっか」
「じゃあ、まあ、追い掛けてくるよ」
「はいはい。りるちゃんを迎えにいくの、忘れずにね」
「分かってるよ」
「また来てね」
「ああ」
それから、適当に手を振っておいて。
涼も、ニコニコとして手を振っていた。
匂いを辿っていくと、ちょうど孤児院に出た。
境内のところでは、子供たちが遊んでいて。
「あ!銀色のお姉ちゃんだ!」
「あ、ホントだ」
「よぅ。ツカサは来てるか?」
「うん。黒色のお兄ちゃん、さっき、りるを迎えにきた!」
「そうか。今はどこにいる?」
「本堂にいるよ。…ねぇ、銀色のお姉ちゃん」
「ん?どうした」
「すぐに帰っちゃうの?」
「いや、別に」
「じゃあさ、じゃあさ、みんなで遊ぼうよ!」
「そうだな…。まあ、いいだろ」
「やった!」
「それで、今は何をしてるんだ?りるは?」
「かくれんぼだよ。りる、ずっと隠れてて見つかんないんだ」
「そうか」
まあ…匂いを辿ればすぐに見つかるだろうけど…。
どうしようかな。
「じゃあ、銀色のお姉ちゃんが見つける番だよ!」
「もう始めるのか?」
「百数えてね!」
「はいはい…」
まあ、いいか。
しかし、何人見つければいいんだろうな。
今いたのは五人だけだったけど…。
「一、二、三…」
とりあえず、このかくれんぼを済ませたら、ユタナとアルの話を聞いて…。
ツカサが何をしてるのかも気になるけど。
さっき走っていって、真っ直ぐここに来たみたいだし…。
それと、りるの匂いがすぐ近くでするのはどうしようか…。