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「それにしても、珍しいな。姉さんから市場に行きたいって言うなんて」
「香具夜にそう聞いたのか?」
「えっ?違うのか?」
「違うな」
「なんだ…。じゃあ、りるの服を買うってのは?」
「それは本当だけど」
「そっか」
「すまないな。早く出させてしまって」
「そんなの。うちにいても、どうせ風華たちと話すくらいしかすることもないし」
「それでも、大切な休養の時間だろ」
「んー…。身体を動かしてる方がいいかな、俺は」
「そうか?」
「うん」
「ツカサ!あっち!」
「はいはい…」
りるを肩車しているツカサは、いいように右へ左へと操られて。
次はお菓子屋のようだ。
「下ろして!下ろして!」
「分かってるよ…。よいしょ」
「ツカサ!お菓子いっぱいだよ!」
「そうだな」
「いらっしゃい…って、あれ?ツカサくん。お客さんとして来るのは珍しいね」
「どうも」
「娘さん?」
「い、いえ…。妹です…」
「そう、可愛いわねぇ。それで、そちらは?」
「姉です」
「あぁ、噂の」
「どんな噂をされてるんだろうな?」
「ね、姉さん…」
「普通よ、普通。格好よくて頼りになるって」
「ふぅん。そりゃどうも」
「でも、思ってたのとは、ちょっと違うかな」
「どういう意味だよ」
「もっとさ、無骨なかんじかと思ってたんだけど。男物の服も粋に着こなしてるし」
「これは…」
「あはは。まあいいじゃないの、理由はさ。それより、喋り方ももうちょっと女の子らしくしてみたら?今、何歳なの?」
「二十歳だが」
「えっ、私と同じ?二十五くらいだと思ってた」
「残念だったな。同い年で」
「ねぇねぇ。その服、彼氏の?」
「自分で買ったんだよ」
「えぇ、そうなの?」
「ふん。期待に沿えなくて悪かったな」
「おねーちゃん」
「あ、はい、なんでしょうか?」
「お菓子、好き?」
「うん。好きだよ」
「りるも!」
「そっかぁ。りるちゃんも、お菓子が好きなんだね」
「うん!アメが好き!」
「そう。飴が好きなんだ。どれか、欲しい飴はある?」
「みかん」
「蜜柑味ね。はい、どうぞ」
「えへへ。ありがと~」
「すまないな。いくらだ」
「いいよ、そんなの。飴玉ひとつくらい」
「そうか。ありがとう」
「うん。それでさ、彼氏はいるの?」
「なんだよ、唐突に」
「唐突じゃないよ。さっきの続き」
「…彼氏なんていないよ」
「えぇ~?そうなんだ」
「姉さん、もう結婚してるんです」
「えっ、嘘!私と同い年なのに?」
「お前と同い年であることが、何の意味を為すんだよ」
「私だって、さっさと身を固めろって五月蝿く言われてるけどさぁ。まだまだ遠い先の話だと思ってたよ…」
「お前の友人にだって、もう結婚してるやつもいるだろ」
「いるけどさ…。なんか、より現実味を帯びたっていうか…」
「そうか」
「ツカサ!肩車して~」
「お兄ちゃん、呼んでるよ」
「分かってます」
「でもまあ、私は私なりの生き方をするよ、うん」
「盛りのうちに相手を見つけないと、貰い手がいなくなるぞ」
「もう!そんなこと言わないの!」
「まあ、じっくりと選ぶことだな」
「はぁ…。また来てくださいね~…」
適当に手を振っておいて、りるとツカサを追い掛ける。
相変わらず、りるにいいようにされて、通りを蛇行している。
「おい。着物屋に行くんだぞ」
「りる。着物屋だって」
「何それ?」
「着物を売ってるお店だよ。姉さん。着物屋って、どこの着物屋に行くの?」
「いや、オレはよく知らないんだけど」
「そっか。じゃあ、あそこに行ってみるかな」
「あっ!そっちじゃないの!」
「着物屋に行かないのか?」
「んー…」
「ほら、行こうよ」
「お菓子…」
「お菓子はまたあとだ。先に服を買いにいこう」
「だってさ、りる」
「うん…」
やっぱり、服より食い気なんだな、こいつは。
まあ、先に着物屋へ行って、そしたら昼ごはんだろうな。
ちょうどいいから、また涼のところに行こうか。
「こっちだよ、姉さん」
「ああ」
ツカサについていって、細い路地に入る。
両脇には、相変わらず露店が並んでいて。
いろんなものを売っていた。
「よぅ、ツカサちゃん」
「あ、こんにちは」
「なんだい。可愛い娘さんだな」
「ち、違います…。妹ですよ…」
「へぇ、そうかい。それで?今日は衛士長さんのお供か?」
「いえ、この子の服を買いに」
「ほぅ。まあ、しっかりな。昼からは食堂に行くんだろ?」
「あ、はい。また来てくださいね」
「はいよ。涼姐さんの顔でも拝みにいきまさ」
「そうしてください。では、失礼します」
「おぅ。衛士長さんも、ご達者で」
「どうも」
露店商は、深々と頭を下げて。
そんなに畏まらなくても…と思ってると、顔を上げてニヤリと笑っていた。
ふん、まあ、そんなところだろうな。
またツカサに並んで路地を歩いていく。
「今の人、この辺の露店の取締役なんだ」
「ふぅん」
「こんなごちゃごちゃした場所じゃ、衛士さんの目も届きにくいだろうからって」
「自治組合というわけか」
「うん、まあ」
「なるほどな」
確かに、この膨大な数の露店を取り締まろうとすれば、いくら衛士がいても足りないだろう。
自治をして、ちゃんとしてくれるなら有難いけど。
「あ、ここだよ」
「ん。そうか」
路地を半分ほど行ったところ。
露店に混じって、古ぼけた看板の店があった。
阿達呉服屋と書いてあるけど。
とりあえず、中に入ってみる。