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「響はどうだ」
「えっ?私が部屋を出たときは、まだ寝てたよ」
「いつ出たんだ」
「えぇ?半刻ほど前かなぁ」
「ふぅん…」
「まあ、喧嘩って結構体力使うしね」
「そうだな」
半刻前なら、普段から考えてもまだ起きる時間ではないか。
でも、もうそろそろ起きてくるはずだけど。
「そういえば、香具夜。何か来てたのか?手紙とか」
「ん?そういや、来てたね。派遣隊のみんなの報告と、あとは個人的な手紙かな」
「ふぅん…」
「国境付近は、ずっと安泰みたいね。たまに旅団天元が様子を見に来てくれてるみたいだし」
「ふぅん。珍しいな」
「今はまだ緊急時といえば緊急時だしね。いざというときは、派遣隊だけでは守りきれないかもしれないし」
「そうかもしれないけど」
「まあ、有難い話だね」
「そうだな」
「あ、そうだ。個人的な手紙の中に、紅葉宛の手紙もあったよ」
「なんで、ついでのように思い出すんだよ。さっき言ってたときに思い出してくれよ…」
「まあまあ。はい、これ」
「ん?誰からの手紙だ?名前が…」
「中を見たら分かるんじゃない?」
「そうだな…」
手紙の封を切って、中身を取り出す。
二枚…いや、三枚だな。
一枚には、何かの絵が書いてある。
これは…。
「あ、可愛い絵。これって、もしかして?」
「そうだな。イアンと隆哉からだ」
「へぇ。二人とも、ちょっと上手くなったんじゃない?」
「前に来た手紙は、ほとんど一年前だしな。上手くもなるだろうよ」
「それで?ロセからは?」
「ああ…。今度、天照に引き継ぎをしてもらうときに、あいつらも一緒に来る…というようなことが書き殴ってあるな。ほら」
「あはは…。相変わらず、字が下手だね…。素直に善哉に頼めばいいのに…」
「ふん。それが出来るなら、毎回こんな手紙は送ってこないだろ」
「そうだけど」
それから、二枚目の手紙を見てみる。
予想通り、善哉への愚痴がツラツラと書き殴ってあって。
わざわざ読むこともないから、これも香具夜に渡しておく。
「出た。"二枚目"。相変わらず、仲のいい夫婦みたいね」
「そうだな」
「紅葉はないの?利家に対する愚痴とかさ」
「ん?まあ…すぐには思い付かないな」
「そっか。あんまり一緒にいないしね」
「そうだな」
「それじゃ、愚痴も何もないよね~」
「…何が言いたいんだよ」
「別に、ねぇ?」
「何なんだよ…」
「あ。全然一緒にいてくれないって愚痴はどう?」
「愚痴は提案されるものでもないだろ」
「でも、愚痴はないんでしょ?」
「五月蝿いなぁ…。愚痴なんぞ、あってもなくてもいいだろ」
「あ、怒った?」
「お前が五月蝿いからだ」
「あはは、そっか」
「まったく…」
なんだってんだよ。
確かに、私と利家は一緒にいることは少ないけど…。
それはそれでいいじゃないか、別に…。
「お母さん」
「ん?あぁ、りるか。どうした?」
「んー。なんでもないよ」
「そうか。ほら、ここに来いよ」
「うん」
膝を叩くと、りるはこちらに歩いてきて、ちょこんと座る。
それから、香具夜の方を見て首を傾げて。
「おねーちゃん」
「えっ?うん。お姉ちゃんかな」
「オレより歳上のくせして」
「りるがお姉ちゃんって言うなら、お姉ちゃんなんでしょ」
「お姉ちゃん、お母さんと同じだね」
「え?何が?」
「オレと同じ銀狼だって言ってるんじゃないか?」
「あぁ、そっか。そうだね、同じだよ」
「りるはね、キンロウだよ」
「金狼ね。キラキラの髪で可愛いよ」
「えへへ」
「あ、そういえば、お前。今日はちゃんと下着をつけてるんだろうな」
「んー」
「えっ?穿いてないときがあるの?」
「しょっちゅうだよ」
服の裾をめくってみると…やっぱり何も穿いていない。
まったく、こいつは…。
「穿いてないね」
「はぁ…。香具夜。ちょっと悪いけど、そこの引き出しから出してきてくれ」
「はいはい」
「なんで、お前は下着をつけないんだ」
「……?」
「はい、これ」
「ほら、りる。これを穿け」
「うん」
「なんで穿かないのかな」
「なんで穿かないんだ?」
「んー」
「気持ち悪いのか?」
「ううん」
「じゃあ、なんでなの?」
「んー。はかないといけないの?」
「えっ?まあ、そうだねぇ。穿いてなかったら不潔でしょ?おしっことかをしたあと、服に付いたりしたら嫌でしょ?」
「んー…。でも、下着には付くよ?」
「下着は下着だからいいんだよ。一日穿いて、綺麗に洗う。綺麗に洗ったら、また穿いて。そしたら、服も汚れなくていいでしょ?」
「うん」
「まあ、そういうことだよ。今度から、ちゃんと穿くんだよ?あそこに入ってるからさ」
「うん。分かった」
りるが納得してくれたところで、少しはだけてた着物をちゃんとして。
…これで、自分から穿いてくれるようになってくれればいいけど。
また膝の上に座ったりるの頭を撫でて、そう願う。
少し大袈裟か?
「それにしてもさ、あの箪笥」
「なんだ」
「箪笥らしくなってきたよね」
「どういう意味だよ」
「前はさ、味気ない衛士の制服しか入ってなかったのに」
「それしか必要なかったからな」
「ちょっとはさ、お洒落な格好でもしたら?紅葉くらいの歳の街娘なんか、まだまだ花盛りってかんじだよ?男なんか引っ掛けたりしてさ」
「ヒッカケルって何~?」
「男の人と街を回って、お茶を驕らせたりすることだよ」
「余計なことを教えるな」
「まあまあ。紅葉だったらさ、気の強い女の子ってことで、かなりウケると思うよ?そういうのが好きな男って、結構貢いでくれるし」
「どこかでやってきたような口振りだな」
「あはは。昔ね、昔。今でもいけるけど」
「よく言うよ…。しかも、昔っていつだよ。オレと三つしか変わらないくせに」
「あ、そうだ。そうじゃなくって、箪笥の中の男物の着物って、紅葉の服?」
「ん?まあ、そうだな」
「せっかくあるんだからさ、一回でも着てみたら?街に行くときだって、それに羽織を着るだけでしょ?宝の持ち腐れだよ」
「今日は、市場に行く予定もないし。着る必要もない」
「りるも着たい!」
「あはは。りるには、ちょっと大きいかな。…あ、そうだ」
「却下だ」
「なんでよ。ツカサも昼からなんでしょ?一緒に行ってきなよ。それに、紅葉の服じゃなくて、りるの服を買うんでしょ?りるも、こんな真っ白で味気ない衛士の服じゃ嫌だよね?」
「ううん。お母さんと一緒」
「ほら。紅葉がそんな服着てるから、りるもこんな服になるんだよ?」
「オレのせいかよ…」
「今日は、さっきのあの服を着て、ツカサと一緒にりるの服を買いにいくこと。分かった?」
「なんでそうなるんだよ…」
「ああいう渋めの男物の服を着るのって、結構お洒落だよ」
「いや、聞いてないけど…」
「じゃあ、ツカサに伝えてくるね」
「あ、おい、待てって」
そんな制止の声は聞くはずもなく。
香具夜はニヤニヤと笑いながら、部屋を出ていった。
はぁ…。
まあ、りるの服を買ってやるのはいいか。
せっかく買った服なんだから、一回くらいは着ろってのも、もっともな話ではあるが…。
でも、あの強引さは納得がいかないな…。