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静かな寝息が聞こえる。

チビたちのものと、風華のもの。

私はなぜか目が冴えて眠れなかった。

でも、身体中の痛みで動き回れたものでもなかった。

どうしたものかと思案していると、空気の流れが変わる。


「紅葉」

「…犬千代?」

「ああ。ちょっとごめんな」

「つぅ…」


抱え上げられ身体が曲がったために、全身に刺すような痛みが走る。


「大丈夫か?」

「あ、ああ…。なんとか…。でも、どこに行くんだ…?」

「ちょっとな…」


慎重に、ゆっくりと運んでくれたので、それ以降はあまり痛くなかった。

…それにしても、どこに行くんだろう。


「犬千代…」

「もうすぐだから」

「…うん」


冷たい空気が頬を撫でる。

外…ではないな…。

ここは…


「桜。起きてるか?」

「うん…。いろはねぇ、連れてきたの?」

「ああ」


戸が軋む音がした。

桜が部屋から出てきたらしい。


「ボクは、いろはねぇの部屋で寝るよ」

「え…?どういうことだ?」

「じゃあね」


足音が遠ざかっていく。

そして、布団らしきものの上に下ろされる。

というか、桜の布団なんだろう。

まだ少し温かい。


「ごめんな…。こういうことしか出来なくて」

「え…?」

「…僕たちには、どうして良いか分からなかった。たぶん、紅葉にしか出来ないんだろう」


独り言のように呟く利家。

…そういえば、ここは血の匂いが酷い。

血の匂い…。

痛む腕を無理に伸ばし、匂いの元に触れてみる。


「ユ…カラ…?」

「ああ。紅葉が倒れたあと、ユカラは恐慌状態に陥ってな…」


この様子からすると…。

恐慌状態のあと、精神が重さに耐え切れなくなって…といったところなんだろう…。


「紅葉…」

「分かった。分かってる」

「ごめん…」

「謝ることじゃないだろ?」

「そうかもしれない。でも、ごめん」


そう言って、利家はゆっくりと立ち去っていった。

…利家や、他のみんなが謝ることじゃない。

これは事故…。

(つまづ)いて前の人を押してしまった、とかそういったもの。

ユカラを止めようとして、私が串刺しになった。

誰のせいでもない。

ただの事故。


「ユカラ…」


はは…それにしても、犬千代は気が利かないな…。

無理矢理に身体を引きずって、ユカラの隣に座る。

血…。

匂いが酷いな…。

着替えさせてもらってないんだろうか…。


「対象を捕捉…」

「ユカラ…」


今にも消えてしまいそうな声で、例の感情のない台詞を言う。


「っつぅ…!」


腹のあたりが痛い。

一番酷く刺されたところかな…。

でも、ユカラの痛みに比べたら、軽いものなんだろう。

これくらい…我慢我慢…。


「対象を捕捉…」

「はは…それしか言えないのか…?」

「対象を捕捉…」


ユカラの肩を抱く。

見た目よりずっと華奢な身体だった。


「対象の接近を確認…」

「ふふ…お前が接近したんだろ…」

「対象を捕捉…」


思いっきり抱き締めてやりたいところだけど、身体が言うことを聞かない。

どうやら、これが限界みたいだ。


「じゃあ、少しだけ手伝ってあげる」

「……?」

「禁忌・覚醒」


柔らかい暖かさが全身をくるんだかと思うと、痛みが引いたように思えた。


「紅葉の傷は完治してるよ。風華が"再生"を使ったからね…。でも、まだ痛みがあるのは、身体が傷のことを覚えてるから。…だから今、僅かな間だけなんだけど、傷のことを忘れさせてあげる」

「響か…?」

「ふふ…どうかな。響であって響でない。わたしは"響"」

「どういうことだ…?」

「お喋りしてる時間はない。制限時間は着実に減っていってる。じゃあね。お休み、紅葉」

『おやすみなさい、お母さん』

「ああ…お休み…」


響であって響でない?

遠ざかっていく"ふたつの"気配。

…聞きなおしてる時間はないんだったな。


「対象と接触…」


そんな台詞が聞こえるが、構わない。

私は、ユカラを抱き締めた。


「ユカラ…。痛かったよな…苦しかったよな…」

「対象を捕捉…」

「はは…お前は、もっと意思伝達方法を学ぶべきだな…」

「対象を捕捉…」

「もう大丈夫だから…。もう痛くない…苦しくない…」

「対象を捕捉…」

「私がいる。みんながいる。だから、もう大丈夫」

「………」

「安心して…」

「対象を…認識しました…」

「ユカラ…?」


ユカラの頬を伝うものがあった。

温かい、雫。


「姉ちゃん…あたし…あたし…」

「ユカラ…」

「もう嫌だよ…。痛いのも…苦しいのも…」

「うん。分かってる」

「怖い…怖かった…」

「うん。大丈夫だから。もう大丈夫」

「姉ちゃん…姉ちゃぁん…」

「ユカラ…」

「うっ…うぅ…うえぇ…」

「………」


次第に戻ってくる痛み。

でも、そんなのは関係ない。

いつまでも、いつまでも、ユカラを抱き締めていた。



ふと目が覚めた。

目を擦り、大きく伸びをする。

…あれ?

身体が随分軽くなった気がする。


「ぅん…」


ユカラは、私の膝の上で寝ていた。

…どうやら私は、座りながら眠ってたらしい。

そういう訓練は受けていたものの、なんとも器用なものだ。


「あ…」


私がごたごたとやってるうちに起きてしまったらしい。

焦点の定まらない目でこちらを見つめる。


「おはよう」

「おはよ…」

「もうちょっと寝ててもいいんだぞ」

「うん…。でも、起きる…」

「そうか」


ユカラは起き上がり、私も二回目の伸びをして立ち上がる。


「…昨日はありがと、姉ちゃん」

「え?なんて?」

「えへへ、なんでもない」


クルリと回って、笑ってみせる。

ふふ、私の方こそ、ありがとうだよ、ユカラ。

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