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「うぇ…気持ち悪い…」
「だらしないなぁ。弱いなら呑まなきゃいいのに」
「弱いんじゃない…呑みすぎるんだ…」
「一緒でしょ?自分が呑める量くらい把握しといてよ!」
「もっと…静かに喋ってくれ…」
二日酔いで真っ青になってる利家に、大声で迫る風華。
…まあ、たぶんわざとやってるんだろう。
「はい、これ。昨日サボった分も溜まってるんだから、さっさと片付けてね」
「ていうか…なんで兄ちゃんがやらないといけないんだ…?」
「一揆の首謀者なんだから、次代の王は兄ちゃんに決まってるでしょ?」
「えぇ…そんなぁ…。それに…王政が前回の失敗だったんだから…王はもういらないだろ…」
「そんなこと言い出すんじゃないかと思って…。ほら、これ。議会設置の資料もあるんだから、目を通しといてね」
「うぅ…分かったから…ちょっと休ませてくれ…」
「何もやってないじゃない!休むのはやることやってから!」
「うぅ…」
風華の方が、よっぽど人の上に立つのに相応しいと思うんだけど…。
「姉ちゃん!ちょっと来て!」
「ああ」
フラフラの利家を残し、政務室を出る。
…政務室といっても、急あつらえだけど。
前は政務室なんていらなかったからな…。
「あ!いろはねぇ!」
「ん?桜か」
「ねぇねぇ、ボクの部屋に来てみない?」
「ダ~メ。姉ちゃんは忙しいの。それに、いつの間に桜の部屋なんて作ったの?」
「さっき!」
「さっき?」
「どこだ。後で行くから」
「この前のところ!じゃあね!待ってるから!」
と言って、桜は走り去っていった。
…この前のところって、もしかして地下牢か?
なんでまたそんなところを…。
「あ、そうそう。衛士さんだけど、それぞれの農村に配備出来ない?特に国境付近とか…」
「無理ではないが、各村に一人か二人になるだろうな」
「うーん…じゃあ、どうしよう…」
風華が心配してるのは、内乱に乗じて他の国が攻めてくることだろう。
情勢が不安定なときに攻め上がるのが一番楽で確実。
だから、国境付近は非常に危険だ。
「…オレの選りすぐりの衛士を派遣する。罠や奇襲に長けたやつらをな」
「そっか。少ない人員で簡単に防衛出来る手段…。それに、やり方さえ教えてもらえば、衛士さんがいなくても、ある程度の抵抗も出来る…」
「ああ。基礎中の基礎だが、非常に有効な手段だ」
「うん、ありがと。じゃあ、そういう方向でいくね」
「今日中に行かせた方がいいだろうな…。あ、風華の用事ってなんだ?」
「え…あ…うん…。わ、私のはあとでいいよ!それ、先にやっちゃって」
「……?ああ、分かった」
よく分からないが、私用らしいな…。
何をしたかったんだろう…。
まあいい。
近くにいた衛士を呼び寄せる。
「おい、大吾郎」
「はっ!どうしました、隊長」
「農村…特に国境付近の農村に、警備・指導に行ってもらいたい」
「では、少人数対多人数を想定した…ということでよろしいでしょうか」
「ああ。みんなに知らせてくれ。今すぐ、広間に集合だ」
「はっ!了解しました!」
あっという間に姿が見えなくなってしまった。
やっぱり、あいつを伝令班に入れて正解だったな。
「あ…じゃあ、私は医療室にいるから、終わったら来てね」
「分かった」
そして、風華は医療室、私は広間に向かった。
よし、これでいい。
「じゃあ、よろしく頼んだぞ」
「はっ!行ってまいります!」
「ああ。行ってらっしゃい」
行ってきます、行ってらっしゃい。
派遣の際は、必ずこのやり取りを交わす。
無事に帰ってこれるように。
また会えるように。
「泣くなよ」
「しかし…!」
「別れのときに泣いちゃいけない。泣いたら、もう会えなくなるから。泣くのは、再会のとき。そのときは、たくさん泣けばいい。また会えたねって」
「はっ…!」
「頑張ってこいよ」
「はっ!」
そして、旅立っていった。
小さくなってゆく衛士たちの後ろ姿が次第に滲んでくる。
頑張ってこいよ…!
桜が覗き込んでくる。
「どうした」
「ん~?」
「ん~?じゃ分からんだろ」
「いろはねぇ、目、腫れてない?」
「…寝不足なんだろ」
「そうかな…?」
変なところで勘のいい桜。
頼むから、あまりジロジロ見ないでくれ…。
「姉ちゃん。これだけど…」
「え?あぁ、好きなのを買えばいい」
「ありがと!」
風華の用事というのは買い物だった。
普段、こんな中心の方には来ないから、市場だとかが珍しいんだろう。
だいたいは日用品だとか、身の回りのものだったけど、薬なんかも買い集めたりしてるみたいだ。
そして、私にねだるのは、お菓子類。
村の方では甘いものが手に入りにくいんだろう。
…最初、家の金では買えないと思ったのか、お菓子を恨めしそうな目で見ていた。
それを見かねて、なんでも買ってやると言ったんだけど…。
風華はだいぶ遠慮しているらしい。
「でも、そんなんでいいのか?もうちょっと…これとかどうだ」
「た、高いよ…」
「遠慮するな。どうせ、オレの金なんだ」
「ダメだって…ホントは私のお金で買わないといけないのに…」
「ボクは食べてみたいっ!」
「じゃあ、おやっさん!これ、三つ!」
「あいよ!そんで…嬢ちゃん。これ、おまけだ」
「わぁ!ありがと!」
金平糖を両手いっぱいに貰って喜ぶ桜。
「でも、おっちゃん。ボク、こっちの風華と同い年なんだからね!」
「え…あ…そうなのか…。いや~、ごめんね、嬢ちゃん。もっとちっちゃいかと思ったよ」
「むぅ…。いいよ。おまけ、貰ったし」
そして、桜は上機嫌で菓子屋の親父と別れた。
…でも、身体だけでなく、言動も幼いんだから、間違われても仕方ないと思うんだけどな。
「ほら。これ、食べてみ」
「ありがと!いろはねぇ!」
「…ごめんね」
「感謝こそされど、謝られるようなことはしてない」
「うん…。ありがと」
「どういたしまして」
「ん~!甘~い!」
「美味いだろ?」
「うん!」
「どうだ?風華は」
「うん!美味しい!」
「そうか。よかった」
買い物に来てから、遠慮がちで気を遣ってた風華だったが、ここでやっと本当の笑顔を見ることが出来た。
「じゃあね、ボクは~…」
「お前は少し遠慮を覚えた方がいいな」
「えぇ~!なんでも買ってくれるって言ったじゃん!」
「だからって、なんでもかんでも欲しがるんじゃない」
「むぅ…だって…欲しいんだもん…」
「…仕方ないな。今日だけだぞ」
「うん!」
風華に止められながらも、いろんなものをしこたま買った桜。
帰るときは持ってきた袋が破裂しそうなほどだった。
そして、桜は満足そうにニコニコしていた。
…やっぱり、笑顔が一番、だな。