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「いかなるものか」
「何がだよ。しかも、唐突に」
「いや…。望とツカサについてだが…」
「何か不満なところでもあるのか?」
「そういうわけではない。しかし、望には、まだそういうのは早いんじゃないかと思ってな」
「なんだよ、今更。恋愛くらい、早いも遅いもないだろ。結婚すると決まってるわけでもないし。誰かを好きになるってのは、いい経験だと思うぞ」
「ふぅむ…」
「なんだ。父親気取りか?」
「そうかもしれんな…」
「まあ、私は望とツカサが付き合うことには反対しない。お前がどう考えようともな」
「…そうか」
カイトの気持ちは分からないでもない。
でも、私はそうは考えないというだけであって。
考え方、感じ方は、人それぞれだろう。
「それにしても、お前は早起きなのだな」
「よくこの時間に起こされるしな。癖になってるのかもしれない」
「ふむ」
「まあ、床に就く時間も早くなってるし、謀らずも早寝早起きが出来てるということだな」
「それはいいことだが。散歩にでも出掛けたらどうなんだ?そうやって空を眺めているだけでは、目もなかなか覚めまい」
「まあ、また考えとくよ」
「そうか」
朝の散歩か。
悪くはないけど、腹も減ってるし。
そんなうちから運動する気にはなれないな。
調理班も早起きするというなら別だけど。
「望は…よく眠っているな」
「ああ」
「…私は、少し散歩に出てくるよ」
「そうか。気を付けてな」
「…分かっている」
「ん?どうした?」
「さっき言われた通り…私は父親になった気でいるだけだ。しかし、お前は違う。望自身が、自分の母親として認めているんだ。…望のことを、よく考えてやってくれ。望の母親として。私の願いはそれだけだ」
「ふん。当たり前のことを言うな。娘のことを考えない母親なんていないさ。そうでないなら、母親とは呼べないからな」
「…そうか。ありがとう」
「礼を言われる筋合いはない」
「ふふ、そうだったな」
「じゃあ、行ってらっしゃい」
「ああ。行ってくるよ」
カイトは翼を広げて、少し火の粉を振るい落とす。
そして、大きく羽ばたいて、空の向こう側へと飛んでいった。
…私は、また白み始めた空を眺めて。
今日も晴れだな。
セトがモゾモゾと動き始めた頃、門番が来て門を開放した。
すると、早速誰かが橋を渡ってきて、門をくぐった。
そして、そのまま真っ直ぐに城へと入ってきて。
…飛脚かな。
手紙か荷物か。
まあ、下に行って投函箱を見るか、伝令班に聞けば分かるんだけど。
しばらくすると、さっきのやつが城から出てきて、また市場の方へ走っていった。
「姉さん」
「ん?なんだ、ツカサ。今日はゆっくりだな」
「今日は昼からなんだ。涼さんのところ」
「ふぅん。まあ、たまには休めってことだろ」
「そうかな」
「ああ。昨日も言ったかもしれないけど、お前は少し働きすぎだ」
「自分では、そうは思わないけど」
「そういうものだ。特に、お前が仕事自体を楽しんでいるならな」
「んー…。あ、そういえば、涼さん、もう七月半だって」
「ふぅん。あと三月ほどか」
「うん」
「どんな子だろうな」
「さあ。涼さんは、自分に似たお淑やかで可愛い女の子がいいなって言ってたけど」
「ははは。あいつに似たら、可愛いかどうかはともかく、気の強い子になるだろうな」
「涼さんにそう言ってやりなよ」
「まあ、また機会があればな。でも、哲也は気の優しい子みたいだから、気が強い子の方がちょうどいいかもな」
「うん。そうかもしれない」
涼に似れば、確実に気の強い子だけど。
でも、哲也は誰に似たんだろうか?
あそこのオヤジだって、涼の尻に敷かれてるってだけで、気が弱いわけでもないし…。
まあ、そういう両親だから、哲也みたいな子が育つのかもしれないな。
「そういやさ、姉さんはなんでこんな早起きなんだ?何をしてるわけでもなさそうだし…」
「悪かったな。何もしてなくて」
「いや…そういうわけじゃないんだけど…」
「最近、こういう時間に起きることも多かったから、何がなくてもこの時間に目が覚めてしまうんだよ。目が覚めても、お前の言う通り何もすることがないから、こうやって空を眺めてるか、厨房で調理当番が起きてくるのを待ってるかのどっちかだけど」
「姉さんも市場に来るか?朝の時間は、いくら手があっても足りないくらいなんだ」
「ふむ、そうだな…。オレが行っても足手まといになるだけだと思うけど」
「そんなことないよ。姉さん、仕事を覚えるのも速そうだし。重宝されると思うよ」
「はは、そうか。また考えとくよ」
「うん。よろしく」
カイトには散歩を薦められ、ツカサには朝の手伝いを薦められ。
まあ、何もしてないよりかはいいだろう。
またそのうちに。
「今日は、姉さんのお母さんは来てないのか?」
「ん?そうだな。来てないみたいだな」
「昨日の朝、いきなり話し掛けられて驚いたよ。最初は、何かの幻聴かと思って、風華に相談したんだけど…。働きすぎだって」
「風華も言ってたな、そんなこと」
「まあ、あとから自己紹介とかもしたんだけど…」
「いろんなことを聞かれたんじゃないか?」
「そうだな…」
「幽霊なんて、驚いたんじゃないか?」
「いや…。そういう声が聞こえることは、以前にもたまにはあったんだ。でも、ああも饒舌な幽霊は見たことがなくて…」
「ふん。お喋りだからな、母さんは」
「驚いたよ…」
「まあ、要するに、あんまりにも喋り倒すから、幽霊だと思わなかったと」
「えっ?あ…うん…」
「そうか。母さんに伝えとくよ」
「ね、姉さん!」
「冗談だ」
「もう…」
まあ、幽霊なんてそこいらにいるんだから、母さんの声が聞こえるなら、今までにも幽霊の声を聞いたことがある可能性は高いだろうし。
そこは別段驚くことでもない。
驚く…というか、笑ってしまうのは、そのあとだな。
あまりにも喋りすぎるから、幽霊だと思わなかったって。
ツカサも、なかなか面白いことを言う。
いや、母さんが面白いのか?
まあ…要するに、面白いんだな。