297
「お母さん」
「なんだ、戻ってきたのか?」
「うん。疲れちゃった」
「そうか。ほら、こっちに来い」
「うん!」
りるはパタパタと走ってくると、私の膝の上に乗って。
それから、ニコニコと笑ってみせる。
「今日ね、りるね、一回も"当たり"にならなかったよ!」
「ほぅ、そうなのか。頑張ったな」
「えへへ」
「何言ってんの、いろはねぇ。ずっと見てたじゃん」
「桜、五月蝿い!」
「いたっ!なんで叩くのさ!」
「桜が余計なこと言うから」
「余計なことって何さ」
「ふん」
「ねぇ、お母さん。なんで、桜とユカラお姉ちゃん、喧嘩してるの?」
「さあな」
「りる!なんでボクだけ呼び捨てなのさ!」
「……?桜は桜でしょ?」
「なんで、ユカラはお姉ちゃん付けなのに、ボクは呼び捨てなのさ!」
「えっ…?だって…」
「小さな子供のすることに目くじらを立ててどうするんだよ。お前の度量が知れるな」
「だって、いろはねぇ!悔しくない?ユカラはボクより歳下なのにお姉ちゃんって言われて、ボクは呼び捨てなんだよ?」
「相手をしてもらえるだけで充分だろ。どうでもいい相手なら名前も呼ばれないし」
「でも…」
「名前の呼び方ひとつでギャーギャー喚き立てるのは、かなり格好悪いぞ。体面を気にするなら、中身が伴うようにしろ。中身が伴わない、お姉ちゃんと言ってもらうに相応しくない間は、ただの五月蝿い子供だ」
「うぅ…。じゃあさ、ユカラは中身が伴ってるの?」
「そういうのが、中身が伴っていないと言うんだ。他人がどうとかじゃなくて、自分がどうなのか、だ。それが分からないうちは、いつまで経っても呼び捨てのままだぞ」
「うぅ…」
「お母さん、桜をあんまり怒らないで…」
「…そうだな。まあ、こいつが本当に分かってたら、の話だが」
「………」
桜は伏し目がちになって、遠くの方を見ていた。
今言ったことを、ちゃんと考えてくれていたらいいんだけど。
まあ、桜ももう子供じゃない。
分かってくれているだろう。
「お母さん」
「ん?」
「響と光はどうしたの?」
「喧嘩してるんだよ。朝からずっと」
「ふぅん…。仲直りしないの?」
「さあな。ずっとあの調子だ。…それで、サンは何をしてるんだ」
「えっ?」
部屋の方を見ると、サンがちょうど光の顔を覗き込んでいるところだった。
光は目を合わせないように、顔を背けるけど。
それからサンは、次に響のところに走っていって。
また同じように、顔を覗き込む。
響はサンの方を少し見て、威嚇するように唸って。
…それが面白いのか、何回も同じことを繰り返していた。
「何してるのかな」
「…さあな」
「サン、サン!」
「はぁい」
りるが呼ぶと、すぐに駆けつけてきた。
そして、真っ直ぐにユカラに抱きついて。
「ね、ね、ユカラ!三編み!」
「えっ?あ、うん。でも、用事があるのはあたしじゃないでしょ?」
「…何、りる?」
「何してたの?」
「え?うーん…響と光の顔を見てたの」
「ふぅん…」
「どんな顔してた、あいつら?」
「なんかね、光はジメジメした顔で、響はガラガラした顔だったよ!」
「そうか」
「ガラガラ…?どんな顔…?」
「ガラガラした顔だよ」
「ガラガラした顔だな」
「ふぅん…。分かんないけど…」
「ユカラ!三編み!」
「あぁ…。はいはい…」
サンは懐から髪紐を取り出して、ユカラに渡す。
それを受け取ると、三編みを始めて。
…サン、三編みが好きなんだな。
この前にカシュラに行ったときからだろうか。
まあ、いつからだろうが、別にどうでもいいんだけど。
「りるも三編みにしてみる?」
「んー?」
「まあ、充分な長さではあるな」
「三編み?」
「そうそう。あたしとか、サンが今やってるみたいにさ」
「んー…」
「りるは、まとめて上げた方がいいかもしれないな。三編みより」
「あぁ、そっか。結構活発に動き回るもんね」
「三編みでもいいんだけどな。髪紐は…」
「あたしのを使ったらいいよ。予備持ってるし」
「そうか」
「ちょっと待ってね…。はい、これ」
「ああ」
ユカラから髪紐を受け取り、りるの髪をまとめて。
ちょっと上の方がいいかな。
位置をだいたい決めて、髪紐を結わえる。
「ほら、これでいいか?」
「首の後ろがスースーする~」
「…髪をまとめたからな」
「あ、いいね、それ。姉ちゃん、結わえるの上手いし」
「結わえるのに上手とか下手とかあるのか?」
「あるよ~。あたしなんて、姉ちゃんに比べたら全然だし」
「お前も上手いと思うけど」
「随分練習したしね。自分の髪で。昔は、それくらいしかすることなかったし…」
「………」
「サンも、練習したら、ユカラみたいに上手くなれるかな」
「えっ?あ、うん。そうだね。きっと上手くなるよ」
「じゃあ、練習する!」
「そうだね。でも、練習する相手が…」
「お母さん!」
「え、えぇ?姉ちゃん?」
「オレは別に構わないけど」
「そ、そう?じゃあ、あとで練習させてもらおっか」
「うん!」
「ごめんね、姉ちゃん…」
「なんで謝るんだよ」
「だって、せっかく綺麗な髪なのにさ。傷んじゃうかもしれないよ?」
「オレの髪が傷むくらい何だって言うんだよ。サンがやりたいって言うんなら、喜んでいくらでも練習させてやるよ」
「…うん。ありがと」
「ああ」
サンが上手くなったら、また私も三編みにしてもらおうかな。
まあ、もうすぐ練習で三編みにされるんだけど。
それはそれでいい。
早く上達してくれることを願うばかりだな。