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光は桜と、そして、響は私とそれぞれ昼ごはんに。
まあ、いくらなんでも、そんなにすぐには仲直り出来るとは思ってないけどな。
「ナナヤはどうした」
「ナ、ナナヤですか?えっと…まだ来てないです…」
「そうなんだよ。ナナヤちゃん、全然来なくってさ」
「母さんは、ずっとここにいたのかよ…」
「あら、いけない?」
「いけないとは言ってないだろ…」
「なら、いいじゃん」
「はぁ…」
「それでさ、光はどうしたの?なんか、ムスッとしてたけど。響もだよね?」
「そうだな」
「あ、喧嘩?紅葉と灯も、昔によくやってたよね。今はしてないの?」
「灯さんと隊長なら、喧嘩にならないと思いますよ。僕は、昔のことは知らないですけど…」
「うーん、そうだなぁ…。一番面白かったのは…」
「…母さん。オレの昔の恥を晒さないでくれ」
「あっ、そうだ。灯がおねしょしたときにね…」
「お、おねしょですか…」
「灯のいないところで、灯の恥を晒すのもどうかと思うが」
「いいじゃない、別にさ」
「よくないけどな…」
「それで、灯がおねしょしたときに、怒られるって思ったんだろうね、紅葉のせいにしてさ。あはは、おっかしいの。自分がおしっこで濡れた寝巻きを着てるのに、紅葉がやったって泣くんだよ。紅葉は紅葉で、今の響みたいにムスッとして何も言わないしさ」
「そ、そうですか…」
「そのあともさ、紅葉は怒って何も喋んなくて、灯はずっと泣いてて。一日中そうしてたよ」
「は、はぁ…」
「ほら、進太が困ってるじゃないか。それに、それは喧嘩の話じゃないだろ」
「あれ?そっか。でも、面白い話には変わりないじゃない」
「オレと灯にとっては、面白い話でもなんでもないけどな…。喧嘩の話なら、母さんの方がたくさんあるだろ。父さんと」
「そう?そんなに喧嘩してたっけ?」
「はぁ…。まあ、父さんは、喧嘩と思ってたかどうかは知らないけど」
「そんなにしてたかなぁ…」
「母さんが喋り倒して、父さんはそれを何も言わずに聞いてるだけだったからな。喧嘩じゃないといえば、喧嘩じゃないな」
「私は喧嘩とは思ってなかったかな。馬の耳に念仏だもん。言うだけ言って、スッキリする。それで万事解決」
「単純でいいな、母さんは」
「そうかもね」
母さんは適当な返事をすると、何も言わずにひたすらごはんを食べている響をジッと見て。
…響は、母さんのことが見えるんだっけ?
どうだったかな?
声も聞こえてなかったら、今の私たちの会話はかなりちぐはぐなはずだけど…。
「それでさ、話を戻して、ナナヤちゃんだけど」
「は、はい!」
「…何を緊張してるの?」
「えっ?いや…なんとなく…」
「…まあ、いいけど。さっきも聞いたけど、進太はナナヤちゃんのこと、ちゃんと受け止めてあげられるの?あの子、結構根が深いよ?」
「は、はい…。それは重々承知しております…」
「紅葉は?知ってるの?」
「知ってるけど。母さんこそ、なんで知ってるんだよ」
「ちょっと調べたら分かることでしょ?」
「最高機密くらいの扱いなんだけどな、個人の情報というのは」
「そんなの軽い軽い」
「はぁ…。また誰かに聞いたんだな…」
「聞いたよ。聞いて何が悪い」
「開き直るな」
「…ツカサくんにね。朝、ちょうど会ったから」
「会った?怯えさせたの間違いなんじゃないのか?」
「あはは、そうなんだよね~。ツカサくんってさ、意外と肝がちっちゃいんだね」
「声だけどこからか聞こえてきたら気持ち悪いだろ。風華から聞いたぞ。幽霊なんだから、あまり無闇に話し掛けるなよ」
「昔からの癖でさぁ。朝から頑張るツカサくんを、ちょっと応援したくなったのよ」
「それで、ツカサを驚かせて、ナナヤの情報を引き出したと」
「むっ、人聞きが悪いなぁ。ちゃんと謝ってから、改めて聞いたんだよ」
「聞いたことに変わりはないだろ。任意にしろ何にしろ、他人の過去を洗い出すのは趣味のいいことだとは言えないな」
「母を説教する娘!果たして、この親子の行く末には何が待ち受けているのか!次週、乞うご期待!ベベベンベン!」
「必要とあれば説教をする。たとえ、自分の母親であろうとも。何が間違ってるんだよ」
「…突っ込むところが間違ってるよ」
「突っ込むところ?」
「いいよ、もう」
「……?」
「それよりさ、進太だよ。ナナヤちゃんのこと、どこまで知ってるの?」
「どこまでって…」
顔を真っ赤にさせる進太。
…真っ赤にさせるようなことか?
結局昨日は、あのあとも喋ってただけだったし…。
「昨日、ナナヤから、ほとんどのことは聞きました…。盗賊だったことも、それに…」
「背中の傷でしょ?」
「は、はい…。で、でも、俺、ナナヤのことが好きなんです…。ずっと前から…。今でも…。だから、どんな現実であっても、その気持ちは変わらないです!」
「ふぅん。そう。それを聞いて安心した。進太なら、ナナヤちゃんを任せても大丈夫ね」
「えっ、あ、ありがとうございます!」
「母さんに礼を言うことはないと思うけどな…」
「えっ?あ、あれ?」
「はぁ…」
まあ、別にいい。
進太の気持ちは、かなり強いもののようだ。
進太なら守ってくれるだろうな。
ナナヤのことを、一生。
…しかし、男心は移ろいやすいと言うが。
「な、何ですか…?」
「いや、何も」
「紅葉、疑っちゃダメだよ」
「疑ってはいない」
「えっ?疑う?」
大丈夫だろう、進太なら。
たぶん。