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「はぁ…」
「どうしたの?」
「ん?朝からちょっと疲れてな…」
「なんで?」
「いろいろあってな…。それより、二人は外に行かなくていいのか?みんな、広場で遊んでるみたいだけど」
「今日は桜お姉ちゃんと遊ぶんだ~」
「響、遊ぶんじゃなくて、お裁縫を、教えてもらうんでしょ?」
「そうだっけ?」
「もう…」
「いいじゃん、どっちでも。細かいんだよ、光は」
「細かく、ないもん!」
「まあ、習い事も遊びの範疇といえばそうだけど、度合いによるだろうな。光は一所懸命で、響はそれなりに。二者二様の考え方があるけど、楽しみ方もそれぞれだろ?二人とも、自由な楽しみ方をすればいい。そしてその中で、同じ楽しさを見つけるんだよ」
「そうだそうだ」
「…それは調子に乗りすぎだ、響」
響の頭を小突くと、イタズラっぽく舌を出して。
それを見て、光はますます眉をひそめる。
「光は真面目すぎるんだな。いいところと言えばいいところだけど」
「そうだよ。真面目すぎるんだよ」
「お前は、少し不真面目だな。お前たちを足して二で割ればちょうどいいんだが」
「えへへ。二人で一人前だね」
「それだったら、足して二で割ると半人前だぞ」
「えっ?あれ?」
「わたしたちなんて、まだまだ、半人前でしょ?」
「そうだっけ?」
「もう…。一人前なわけ、ないでしょ?」
「光がそう言うなら、そうなのかも」
響は首を傾げて。
それを見て、光も同じように首を傾げる。
…何なんだ、この不思議な空間は。
「それで?いつから桜のところに行くんだよ」
「行かないよ。桜お姉ちゃんがここに来るんだ」
「ここに?またなんで。桜の部屋に行けばいいじゃないか」
「狭いんだって。四人入るには」
「あぁ…。まあ、あそこはもともと独房だしな…」
「ドクボウ?」
「一人用に作られた、牢屋のことだよ」
「ふぅん。牢屋?」
「ああ。知らなかったか?」
「知ってたけど」
「そうか」
「………」
「そんな顔しないの、光」
「響は、いつだって、そうやって、からかって!」
「からかってないよ」
「からかってなかったら、何なのよ!」
「何さ、ちょっとふざけただけじゃない。なんで、そんなに怒るのよ!」
「いつも、そうだもん!響は、いつでも、そんなことばっかり言って!」
「なんで光にそんなことを注意されないといけないの?何を言っても、わたしの勝手じゃない!」
「何が、勝手よ!そんな、適当なことばっかり言って、いつか痛い目に遭うのは、響なんだよ!分かってるの?」
「わたしが痛い目に遭うんだったら、光は関係ないでしょ。口出ししないでよ!」
「関係ないなんて…。響なんて、大嫌い!」
と、部屋を飛び出そうとした光を捕まえて。
響も一緒に捕まえて、正面同士に座らせる。
「何するのよ、お母さん!」
「光と話すことはないよ!」
「二人とも静かにしろ。まず、喧嘩の原因を整理する」
「整理したって一緒だし」
「なんで、そんなこと、しなくちゃいけないの?」
「黙れと言ったのが聞こえなかったのか?オレの言ってることが分からないのか?」
「………」
「…まず、喧嘩の原因を整理する。分かるか?喧嘩の原因を整理するんだ」
「はい…」「分かったよ…」
「じゃあ、喧嘩の原因は何だ。光から」
「響が、適当なことを、言うから」
「言ってない」
「言った!」
「響。オレは、今は光に聞いてるんだ。光も、いちいち反応するな。オレと話してるんだろ」
「………」
「光は、響が適当なことを言うから怒ったと。じゃあ、次は響。喧嘩の原因は何だ」
「光が、わたしのやることに口出ししたから」
「………」
「そうか。それで、光の言いたいことは何なんだ」
「響が、適当なことばかり言って、痛い目に遭わないか、心配なの」
「光がそう言ってるけど、お前はどう思うんだ」
「別に…。どうとも思わないよ…」
「そうか」
「………」
「もういいぞ。二人とも、どこへなりとも行け。オレは、もう用はない」
「………」
立ち上がって、そのまま屋根縁に行く。
それから、広場を眺めて。
広場の半分では、望とあと何人かで水遣りをしている。
その中には、リュウや葛葉も見えるな。
そしてもう半分で、他の子供たちが"当たり"か何かをやっていた。
こっちには、サンやりるの姿が見える。
「…いろはねぇ」
「桜か。思ったより早かったな。ユカラは?」
「下町の習字に、祐輔たちを送りに行くって。またあとで来るよ」
「そうか」
「それよりさ…あれ、何?二人とも睨みあってさ…」
「喧嘩したんだよ。ちょっとしたすれ違いでな」
「ふぅん…。それにしても、かなり殺気立ってない?」
「大丈夫だ。いざとなれば、オレが止めるから」
「縁起でもないこと言わないでよ…」
「冗談だ」
「いろはねぇの冗談って、冗談に聞こえないんだよ…」
「よく言われる」
「はぁ…。自覚があるなら言わないでよ…」
「いいじゃないか。それに、あいつらなら大丈夫だよ。まあ、当分の間、裁縫は出来ないかもしれないけどな」
「そうだね…。集中しないと危ないし…」
「あいつらの頭に上った血が引くまで、今日はのんびり過ごそうじゃないか」
「そうだね~…」
桜も、屋根縁のところに座って。
後ろの静かな戦が気になるみたいだけど。
…まあ、前もすぐに仲直り出来たんだ。
今回も、二人の想いがすれ違っているだけだから。
ちゃんと解決出来るだろう。