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ぼんやりと広場を眺める。
ほとんど半分くらい掘り起こされた広場は、なんとなく、いつもより広く見えた。
掘り起こされた土の色合いから考えると、狭く見えるのが妥当なんだろうけど。
セトは、いつもの場所が掘り起こされているから、門の前で丸くなっている。
…あいつも考えが足りなかったみたいだな。
「ふぁ…」
まあ、ぼんやりしていても仕方ない。
一度伸びをして立ち上がり、部屋を通って廊下に出る。
まだ暗い廊下は、相変わらず少し寒い。
寝惚けた身体に喝を入れるにはちょうどいいけど。
今日は誰にも会わないまま階段まで辿り着き、下へ降りていくことになった。
「はぁ…」
そういえば、この前はこの辺で折り返して、りるを見つけたんだったか。
まあ、もう誰もいないとは思うけど。
でも、あいつはいつからあそこにいたんだ?
しかも、チビたちは知っていたらしくて、オレたちは知らなかった。
どういうことなんだろうか。
不可解ではあるけど、別にどうでもいいようなかんじもする。
「ホントに?」
「…他人の独白に割り込まないでくれないか」
「えぇ~。いいじゃない、別にさ。独白っても喋ってなかったし」
「…何の用だよ」
「調子はどう?問題ない?」
「そうだな。まあ、また母さんに会ってしまったから、明日は分からないけど」
「そんな冷たいこと言わないでさぁ」
「用はそれだけか?」
「そうだね。まあ、話したいことなんていくらでもあるけど。紅葉が嫌ってんなら仕方ないね。今日はもう帰るよ」
「未練タラタラだな」
「そんなもんだよ、幽霊ってさ」
「はぁ…。仕方ないな…。もう少しだけだからな…」
「えへへ、計画通りだね。紅葉ってば優しいんだから」
「………」
「怒らない怒らない」
「怒ってない」
「そう?それならいいけど」
「はぁ…」
母さんは本当に変わらないな。
三つ子の魂、死後までってところか?
まあ、母さんは母さんだし、変わるわけないか…。
「紅葉ってさ、歳の割には大人びてるよね」
「母さんや灯が歳の割に子供っぽいからな」
「私たちのせいなんだ」
「違うのか?」
「どうかなぁ」
「絶対そうだ」
「あはは。まあ、苦労してるんだねぇ」
「苦労し通しだ」
「ふふふ。でも、隊長としてはいいのかな。青二才だとか言われないで」
「そんなことを言うやつはいないだろ」
「んー。そうだけどさ」
「だいたい、オレとそう変わらない歳のやつも多いし。オレのことを青二才だなんて言えば、そっくりそのまま自分に帰ってくる」
「そうさねぇ。でも、熟練も多いでしょ?上手くやれてるの?」
「要らぬお世話だ」
「そうだもんねぇ。紅葉って妙に年寄りくさいもんねぇ」
「大人びてるの次は年寄りくさいか。自分の娘に対して、えらい言いようだな」
「自分の娘だから言えるんでしょ、こういうこと」
「…自分の母親に、そんなことを言われたくないよ」
「まあまあ」
「何がまあまあなんだよ…」
階段からまた廊下へ。
今日は進太か?
それなら、希望は持てるんだけど。
「朝ごはん、いつも遅いもんね」
「そうだな」
「準備はしてるくせにねぇ?」
「寝坊するからだろ」
「ホント、変なところにばっかり用意周到なんだから…。でも、寝坊したら意味ないよね?」
「そうだな」
「怒ってる?」
「怒ってない」
「そう?」
「何なんだよ」
「別に。でも、紅葉ってお腹が空くと機嫌が悪くなるからさ」
「はぁ…。怒ってないって…。だいたい、子供のときの話だろ、それは」
「そうかな?」
「そうだ」
「ふぅん」
「まったく…」
「怒ってるでしょ」
「母さんがしつこいからだろ!」
「ほらぁ。怒ってるじゃない」
「もういい…。疲れた…」
「ふふふ」
分かってやってるんだろうが、面倒なことこの上ない。
相手する方の身にもなってほしいよ…。
いや、なった上でやってるのか…?
「あっ、いい匂い。今日は当たりだね」
「そうだな…」
「誰かな~。誰だと思う?」
「さあな」
「ちょっと見てくる」
母さんは、先に厨房へ走っていって。
…珍しいとはいえ、この距離を走ってまで見に行くようなものか?
別にいいけど…。
私も、あとを追って厨房へ入る。
やはり、今日は進太だった。
「あ、おはようございます」
「おはよう」
「えっと…昨日は…」
「お前にしては不注意だったな」
「だって、二人とも、全く気配すらさせないんですもん…」
「え~、何?何があったの?」
「た、隊長は知ってるじゃないですか…」
「今のはオレじゃないぞ」
「えっ?じゃあ、誰が…」
「なんだ。声しか聞こえないの?」
「えっ、えっ?か、一葉さんですか?」
「そうそう。今、あんたの頭を叩いてるところ」
「えぇ…」
進太は避ける動作をするけど、そもそも叩かれていないものを避けることは出来ない。
母さんは、その様子を見てニヤニヤ笑っていた。
「趣味が悪いな」
「進太とも久しぶりだし。いいじゃない」
「えぇ…。嘘なんですかぁ…?」
「それよりさ、さっきの話の続きをしようか」
「それより前に朝ごはんだ」
「は、はい…」
「えぇ~…」
進太は何かおどおどとしながら鍋の方へ向かっていって。
そんなところに母さんはいないから…。
と、そんなことを言ったところで、進太には確認のしようがないんだが。
しかし、朝ごはんは早く食べたい…。
声だけしか聞こえないというのも考えものだな…。




