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水をやり終えて、一息つく。
望は周りを見回してから、満足気に頷いて。
「とりあえず、一段落だな」
「うん」
「はぁ…」
「ナナヤ。だらしないぞ」
「だって、水って重いんだもん…」
「欲張って、いっぱいいっぱい持っていこうとするからだ」
「手間は少ない方がいいじゃん…」
「しかし、その結果、そうやってへばるようでは意味がないと思うが」
「むぅ…」
「昔、ある人が、耕作中の田んぼの横を通ったそうだ」
「何の話?」
「昔話だ。それで、そこには休みは一鍬、休みは一鍬している農家の者がいた。田んぼの横を通った人は、なぜ休みは一鍬しかしないんだ。全然耕せてないじゃないかと言う。農家の者は、そう言うならお前が耕してみろと、その人に鍬を渡した。すると、その人はものすごい勢いで耕し始め、しかし、ひとつの畝も耕さないうちに息が上がって、へばってしまった。そこに農家の者がやってきて、あなたの耕し方は一度にたくさん耕して、たくさん休む耕し方だ。それでは耕す時間は短く、休む時間が長くなってしまう。私の方法では一度にたくさんは耕せないが、休憩も短くなるので、結果として耕す時間は長くて休む時間は短い耕し方だと言った」
「ふぅん…」
「一気に体力を使ってしまうと、次に動くまでにそれ以上の時間を要するが、こまめに休んでいれば、ほとんど常に全力に近い力を出せる、ということだな。まあ、この話の本来の教訓はそういうことではないんだけど。でも、あとで楽をしようと一度にたくさんの水を運んで、結果として余計な体力を使ってしまったお前には、ちょうどいい話じゃないか?」
「はぁ…。そうだね…。先に話しておいてほしかったよ…」
「まあ、一度そういう経験をしてから話した方が、分かりやすいだろうと思ってな」
「余計な配慮だよ…」
「ふふ、そうか」
ナナヤはセトにもたれ掛かって座り込む。
それから、ため息をついて。
「とりあえず、私は休んでおくから…」
「ああ。ゆっくり休んでおけ」
「うん…」
「じゃあ、望。次は何をする?」
「うーん…。今日はもうやることもないし、ナナヤお姉ちゃんと一緒に休憩」
「そうか。じゃあ、休もう」
「なんだ、どうせ休憩なんじゃない…」
「そうだな」
「もう…」
ナナヤはため息をつくと、そのままセトの毛に身体を埋めて、目を瞑る。
寝る気だろうか。
「そういえば、望。ツカサとはどうなんだ?」
「えっ?うーん…。普通かな…」
「普通?」
「ツカサ、夜にしか会えないもん…」
「そうだな。昼は街に出てるし」
「だから、ごめんなさいって、ツカサが」
「ふぅん。ツカサでも謝ることがあるんだ」
「そりゃ、あるだろ」
「あるけど。なかなか謝んないじゃない?」
「どうかな。あまり謝るようなことはしない、と言った方が正しいかもしれない」
「んー。そうなのかな」
「それで?お前はどう思ってるんだ、ツカサのこと」
「えっと、好きなんだけど、会えなくて寂しいかな…」
「そうか」
「でも、ツカサは、将来のためだからって」
「へぇ。十六で、もう将来のことを考えてるんだ」
「まあ、そういうやつもいるだろ」
「なんだろ。二人でどこかに家を構えて住む気なのかな」
「さあな。しかしまあ、たとえそうだとしても、それを許すにはあと四年は経たないとな」
「えっ?んー、ツカサが二十になってからか」
「ああ。家庭を持つということは、それだけの責任を負うということだからな。十六そこいらの小僧にはまだ早い」
「あはは、小僧かぁ」
「小僧だろ」
「私から見れば、二つ歳上だしね。望は四つか」
「そうだな」
「でも、十二でもう将来のことを考えてるなんて、私からしたら考えられないよ」
「そ、そうかな…」
「うん」
「ふむ。ところで、お前にはいい人はいないのか?」
「んー、そっち?でも、いないね、今のところは」
「気になるやつは?」
「どうだろ」
「城のやつらは甲斐性のないやつらばかりだからな」
「そうでもないよ?頼りになる人ばかりだし。まあ、セトはダメダメだけどね」
「………」
「いるんだよ、私だって。好きな人」
「片想いなの?」
「そうだね~。だから、いい人はいないって言ったんだけど」
「ふぅん。誰なんだ」
「知らない」
「はぁ?」
「誰かは知らない。でも、カシュラの街で。よく行ってたお店の人なんだけどね」
「今もいるのか?」
「ううん。ある日からパッタリと見なくなった」
「そうか。短期雇用か?」
「知らないけど、たぶんそうなんじゃない?まあ、旅人ってかんじでもなかったけど」
「どんな人だったの?」
「すっごく優しくてね、笑顔が素敵な人だよ」
「………」
「な、何よ、お姉ちゃん…」
「優男はダメダメだったんじゃないのか?」
「や、優男ってだけじゃないもん!格好いいし、声も素敵だったし…」
「ふん。どっちとも優男という性質に干渉しない特徴だな」
「あっ!干した笹身が好きだって言ってた!」
「はぁ…」
「い、いいじゃん!優男でも!」
「憐れなセトだな」
「うっ…。ち、違うんだよぉ…」
どう弁明しようかと、考えを巡らせているらしい。
…まあ、そんなのは別にどうでもいいんだけど。
「で?優男以外の特徴は?種族とか」
「えっ?あ、あぁ…。獅子だったよ、私と同じで」
「ふぅん」
「名前だけでも聞いとくんだったなぁ…」
「そうだな。獅子なら、名前さえ分かればすぐに見つかるかもしれないし」
「ここにはいないの?」
「獅子か?一人だけいるけど。ちょうど、ツカサと同い年くらいだな」
「ふぅん。どんな人?」
「まあ、お前好みの優男ではあるな。格好いいかどうかはさておき」
「格好よくないの?」
「さあな。そういうのは個人の考え様だろ。オレは、格好よくはないと思うけど」
「格好悪いってわけでもないんだ」
「オレの意見としてはな」
「ふぅん…」
「まあ、あとで会ってみればいい。夕飯の席には来てるはずだし」
「そうだね~」
ナナヤは適当な返事をして、またセトの毛に身体を埋めて。
まあ、あとであいつにも話を通しておこうかな。
その方が円滑に進むだろうし。
…ウトウトし始めた望の頭をゆっくりと撫でて。
りるも一緒に。
少し遅い昼寝をするか。