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狭い通路では、一気に多くは当たれないが、挟み込めば逃げられない。

よほどの突破力がなければ、だけど。


「状況把握。攻撃に移ります」


瞬間、再び無数の凶器が舞う。

まったく…これだけ大量のものをどこから出してるんだ…。

弾き返しながら、説明を加える。


「ユカラ…いや…やつは見た通り、武器を射出する技術に長けている!それと、数の制限はないと思え!いくらでも出してくるぞ!」

「…いえ。どうやら、同じものを使いまわしているようです」


言われてみて良く見てみると、確かに、壁に刺さったものや弾かれたもの、とにかく、やつにとって、それだけでは全く殺傷能力のない武器は次々と消えていっている。

しかし、そういった意味で殺傷能力はないはずの、香具夜が持ってる薙刀は消えない。


「…なんだ?」

「分かりません」

「まあいい。かかれ!」


射出と射出の間。

少しの間だけ、止まるときがある。

それは、朝でも今でも同じだった。

その一瞬の間を利用して、一気に近付く。


「対象接近。迎撃します」


やつの手には、いつの間にか大きな剣が握られていた。


「くっ!」

「………」


辛うじてその切先をかわし、背後に回りこむ。


「はぁっ!」


そして、強烈な一撃を加える。


「…損傷中。排除、続行可能」(痛いよ…)

「くぅっ!」

「紅葉!?」「隊長!」


またか…またなのか…。

ユカラ…。


「………」

「はっ!」

「ぐっ…」


加助が私を突き飛ばす。

次の瞬間、様々な武器が私がいた空間を串刺しにする。


「隊長!しっかりしてください!」

「紅葉!またなの!?」

「くっ…すまない…」

「謝ってる場合じゃないでしょ!」

「ああ…」


体勢を立て直し、しばらく様子を見る。

加助、雄輝、勝元の三人は、息の合った攻撃で、やつに確実に一撃を入れていく。


「脚部、損傷大」(痛い…痛いよ…)

「うぅ…」

「紅葉!?」

「あぁ…大丈夫だ…大丈夫…」


呪文のように繰り返す。

大丈夫、大丈夫…。


「はぁっ!」

「右上腕部、損傷甚大。自己修復機能の最大値を超えます」(助けて…)


大丈夫、大丈夫…。

あれはユカラじゃない。

ユカラじゃない…。


「右上腕部の修復を優先」(もう嫌だよ…痛い…痛いよ…)


ユカラじゃ…ない…?


「隊長!?」


いや、ユカラだ。

この温かさは、たしかにユカラのもの。

無機質な何かじゃない。

ユカラだ。


「姉ちゃん!」


足輪を買ってやった時の複雑な笑み。

チビたちを慈しむような眼差し。

必ずおやつを獲得してやると燃える瞳。


「対象壱の排除が完了しました」(温かい…)


なんでだろうな…。

今日会ったばかりなのに…。

放っておけない気がして。

不思議な気持ち…。

はは…記憶の流入ってやつなのかな…。


「対象壱の壱の壱壱壱…か、かか、かんかん…」(ねえ…ちゃん…)

「姉ちゃん!」


何かが抜ける感触がした。

同時に、視界が赤く染まっていく。


「ねえ…ちゃん…あたしの…」

「ユ…カラ…良かった…」


薄れゆく意識の中で


「もう…大丈…夫…だよな…」

「姉ちゃん…あたしの…大切な…」


考えることは


「うわあぁぁぁぁぁ!」


楽しい昼下がりの、おやつ争奪戦のことだった。



目が覚めた。

…覚めたという言葉が適切なのかは分からないけど。

真っ暗。

何も見えない。

でも、意識ははっきりとしていて。

これが死後の世界なのか…?

それなら…あまりにも寂しい…。

…身体のあちこちが痛いな。

まあ、串刺しになって死んだなら、それが妥当な線だろう。

ダメだ…。

全身の痛みに加え、手足が全く言うことを聞かない…。

ずっとこのままなのかな…。

死んでも傷は癒えるのかな…。

この真っ暗な世界で一人ぼっち…か。



いつの間にか眠っていたらしい。

相も変わらず、真っ暗な世界だった。


「ユカラ…」


不思議な響きだ。

革屋で、葛葉は何か固い意思を持って、この名前を口にしたようだった。


「…これから始まる物語」

「え?」

「ユカラ。ねーねーも、いい名前だと思うよね」

「葛葉…?」

「はい、これ。ねーねーのおやつだよ」

「おやつ…?」

「あーんして」

「んぅ…。葛葉…?誰と喋ってるの…?」

「風華…?」

「あっ!姉ちゃん!」

「風華…なのか…?」


次の瞬間、強烈な痛みが身体中を駆け巡る。


「良かった…!姉ちゃん…!」

「いたたたたっ!」

「あ…ごめん…」


そして、そっとした温かさを感じる。


「良かった…。ホントに…良かった…!」

「お母さぁん。それじゃあ、ねーねーがおやつ食べられないよ~」

「あぁ…そうだね…。って、葛葉。姉ちゃんはまだ絶対安静なの。おやつはまた今度」

「でも、ねーねー、ごはん食べてないよ?おなか空いてるんじゃないの?」

「じゃあ…これとこれは葛葉が食べなさい。あとは、姉ちゃんにあげてもいいから」

「うん!」

「あぁっ!こら!手で食べない!お匙を使いなさい!」

「むぅ…。でも、これ、おっきいおさじ…」

「もう…」


固い何かを漁るような、ガチャガチャという音がする。


「これ、使っときなさい。金属で出来てるから、あんまり噛んじゃダメだよ」

「分かった~」

「私、みんなに知らせてくるね」

「行ってらっしゃ~い」


どんどん遠ざかっていく風華の足音。

向き、距離からして、ここは私の部屋か…。

それにしても、葛葉は結局、匙を噛んでしまっているようだ。

歯が欠けたりしなければいいんだけど…。


「ん~。おいしい~」

「全部食べてもいいんだぞ」

「ダメ。これはねーねーの。はい、あーんして」

「むぅ…」

「むぅ…じゃないの。あーんして」

「あーん…」


ひんやりと、金属の冷たさが舌を撫でる。

口を閉じると、匙が引き抜かれて。

豆腐と蜂蜜の甘さが広がる。


「美味しいな」

「うん!はい、次だよ。あーんして」

「あーん…」


そうしているうちに、たくさんの足音が近付いてくる。


「隊長!」「生き返ったってマジですか!?」

「バカ!そもそも死んでねぇよ!」「バカかお前!?」「良かったぁ…」

「ゆ、夢じゃないですよね!?」「夕飯のときなんか、葬式みたいで…」


押し寄せる声、声、声。

それらみんなが、私を心配したり、喜びを表すものだった。

…何か、溢れてくるものがあった。


「ねーねー、どこか痛いの?」

「ううん…。痛くない…。けど、温かい…」

「あたたかい」


別れのときに流すものじゃない。

再会したときに流すんだ。

涙というものは。

また会えたね。

また一緒にいられるね。

って。

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