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「なんか、ずっと姉ちゃんの近くにいるよね、りるって」
「そうか?」
「うん」
「そうかな」
「そうだよ」
りるの頭を撫でると、パタパタと尻尾を振って。
まだ何日しか経ってないのに、そんな印象を受けるほど近くにいるのか?
私にはよく分からないけど…。
灯台もと暗しか?
いや、違うな…。
「それよりさ。勲さん、今日は非番だよ」
「そうか」
「行かないの?」
「今か?」
「違うの?」
「いや、別に…。今日すぐに行く予定はなかったんだけど…」
「なぁんだ」
「行きたかったのか」
「そりゃ、ねぇ?」
「そんなに行きたいなら、桜かユカラあたりでも連れて、一緒に行けばいいじゃないか。わざわざオレと行かなくても。座敷屋なんだから、みんなで甘いものでも食べてこいよ」
「それもそうなんだけどさ。でも、姉ちゃんもどうせ行くんでしょ?それなら、一緒の方がいいかなって思ったんだけど」
「オレは、オレの都合がいいときに行くから」
「ふぅん…。つまんないの」
「つまるもつまらんもないだろ」
「えぇ~」
今日に話を出して、今日すぐに行けるほど暇じゃないんだよ。
…いや、暇だけど。
まあ、焦って行く必要もないだろ。
市場には昨日も行ったし…。
「まあでも、あれだよね。呑み屋ってどんなお酒を出すのかな?」
「さあ。呑み屋には行ったことはないからな」
「そうなの?」
「ああ」
「ふぅん…」
「まあ、勲のことだから、それなりに上物の酒も仕入れてるとは思うけど」
「そうだね。勲さんって結構、いろんなものに目が利くから。ビックリするくらいに」
「ああ」
「前だって、安いお香と高いお香の違いも言い当てたし、調理班の人から聞いた話では塩の味の違いも分かるって」
「あいつは、品質の高いものに敏感なんだ。美意識が高いというか」
「そうだね」
「まあ、割と庶民派な店でもあるみたいだし、安い酒もあるだろうけどな」
「ふぅん。姉ちゃんって、行ったことがない割に、結構いろいろ知ってるんだね」
「お前と同じだ。各所から噂が流れてくるんだよ。特に、こういう立場にいるとな」
「衛士長?」
「ああ。まあ、母さんも噂の番人と呼ばれるくらい、噂を知ってたみたいだけど」
「ふぅん。そういえば、お母さんはいるの?」
「今はいない。どこかに行ったみたいだな」
「そうなの?」
「…信じないくせに、興味はあるんだな」
「信じてないことはないよ。むしろ、信じてる。でも、なかなか確証が得られないだけ」
「…信じてるっていうのか、それは」
「言うよ」
「…そうか」
「あ、そうそう。噂といえば、ツカサと望のことは知ってる?」
「ふむ。何だ?」
「えっとね、ツカサと望が恋仲なんじゃないかって」
「ふぅん」
「でも、割と淡白みたいだよ。ツカサは市場に行ってるし、望はお花畑に躍起になってるし」
「あ」
「え?」
「いや…」
そういえば、今日はまた手伝う約束をしてたんだったな…。
また怒られるだろうか…。
でも、ここにいるわけだから、手伝ってほしければ来るよな。
うん。
受身だけど。
「で、誰からの噂なんだ?」
「ナナヤだよ。だから、姉ちゃんも聞いたかなって思って」
「ナナヤか。聞いてないな」
「そう」
「しかし、どこから出てくるんだろうな、そういう噂は」
「今回はナナヤからだけどね。まあ、望の手伝いもしてるし、ツカサとも近いし」
「そうだな」
「それでさ、姉ちゃんはどう思う?」
「どう思うって?」
「望とツカサの関係!」
「さあな。気になるなら聞いてくればいいじゃないか」
「そんなの、無粋ってやつじゃない?」
「いや、知らないけど」
「もう…。そうやって恋愛に無頓着だと、一生恋愛とは無縁になっちゃうよ」
「残念ながら、もう結婚もしてしまったからな」
「あ…。そうだった…。兄ちゃん、空気読まないんだから…」
「そんなこと言われても、困るだけだと思うぞ」
「いいもん。勝手に困っとけばいいじゃん」
「ふん。まあ…そうかもしれないな」
「そうだよ」
風華は文句を言いながら、薬の材料を石臼に投げ入れる。
それから、べらぼうにガリガリと擂り潰して。
そんなに粗くていいのか?
何の薬になるんだ?
…しかし、洩れるところからは洩れるものだな。
割と秘密だったみたいだけど…。
「はぁ…。でも、私は恋愛とは程遠いなぁ…」
「そうか?」
「そうだよ…」
「セトはどうだ。あいつは、お前にかなり入れ込んでるみたいだけど」
「えっ?セト?うーん…セトかぁ…」
「まあ、本当に龍だけどな、あいつは」
「でも、結構優しいところもあるんだよ。相談に乗ってくれたりさ。あとは、すっごく貴重な薬草を採ってきてくれたり。山奥に生えてたからって」
「ふぅん。物で釣ろうって魂胆か」
「もう…。そういう見方しか出来ないわけ?」
「冗談だよ」
「姉ちゃんの冗談は冗談に聞こえない。…でもまあ、セトがもし人間だったら、好きになってたかもしれないね」
「そうだろうな」
「えっ?」
「いや…なんでもない」
「……?」
なんとなく、そんなかんじがした…気がする。
まあ、龍と人間の恋愛が報われるかどうかは分からないけど…。
報われることがあると信じたい。