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「なぁ、風華。勲とは上手くやってるのか?」
「えっ?勲さん?なんで、そんな急に?」
「朝ごはんのときに、環とその話になってな。別に他意はないんだけど」
「ふぅん」
「それで、どうなんだ」
「え?別に?普通だよ」
「そうか」
「何?勲さんがどうしたの?」
「いや。だから、他意はないんだけど」
「あぁ。あれでしょ。勲さん、いわゆるオカマだから」
「…まあな」
「気にならないって言えば嘘になるけどさ。でも、それで勲さんを遠ざける理由にはなんないでしょ?私がこうやってここにあるのと同じように、勲さんだってそうなんだから」
「まあ、そうだけど。なかなか受け入れ難いものではあるだろ」
「そんなこと言ったら失礼だけどさ。私は薬師だし。そういう人がいるってことも知ってるし、他の人よりはよく理解してるつもりだし。…まあ、実際に会ったときは、ちょっとビックリしたけどね。村にもいなかったし」
「ふぅん。でも、そんなものか」
「そんなものかな」
風華は、また盥へ視線を落とす。
…私が初めて勲と会ったときは、かなり驚いたものだが。
前知識があるとないのとでは、こんなに違うんだろうか。
それとも、もっと別の何かがあるのか?
「そうさねぇ。紅葉、かなりビックリしてたもんねぇ?」
「母さん…。また来たのか…」
「えっ?誰と話してるの?」
「母さんだ」
「えっ?」
「勲はかなり濃いもんねぇ」
「母さん。前に来たときがあっただろ。あのあと、大変だったんだからな」
「知ってるよ」
「知ってるなら、あまり出てきてくれるなよ…」
「せっかく娘に会いにきたのに。そんなに辛く当たらないでよ」
「会いにきてくれるのは嬉しいけど…」
「じゃあ、いいじゃん」
「はぁ…。また明日、調子が悪くなったら母さんのせいだぞ…」
「はいはい」
「…姉ちゃん、怖いよ。独り言ばっかり言ってさ」
「独り言じゃないって」
「だって、私には独り言にしか聞こえないもん。姉ちゃんしかいないし」
「独り言じゃないのにねぇ?」
「母さんが悪いんだろ…」
「ふふふ」
「……?」
困った母親だ…。
風華には変人扱いされてるし…。
「それよりさ、勲さんって普段どこにいるの?当番のとき以外、あんまり見掛けないけど」
「そういやそうだねぇ。どこにいるの?」
「…市場だろ。非番の日はあそこの自分の店で、昼は座敷屋、夜は呑み屋をやってるんだよ。ていうか、母さんは本当に知らなかったのか?」
「ん?いや、知ってたけど」
「………」
「またお母さん?」
「…もう放っておいてくれ」
「そう?でも、勲さん、お店やってたんだ」
「気になるか?」
「ちょっとね」
「じゃあ、昼のうちに行くことだな」
「なんで?夜は呑み屋だから?」
「それもある」
「他に何があるの?」
「知らないならいいんじゃないか?」
「えっ、気になるよ!」
「そうだねぇ。まあ、いくら心構えとか知識があるとはいえ、風華ちゃんには、あの花園はまだ危険かな~」
「母さんは行ったことあるのか?」
「勲に話を聞いたら、招待されたんだよ。それからも、何回か行ってたよ」
「ふぅん…」
「ねぇ、お母さんと何話してるの?勲さんの店のこと?」
「これは独り言だ」
「もう…。意地悪しないで教えてよ!」
「どうする?教えちゃう?風華ちゃん、引き下がる気配はないけど」
「まあ、教えるくらいならいいんじゃないか?予防線になるかもしれないし」
「風華ちゃん、かなり好奇心強そうだもんね。今夜にでも行ってしまいそうな…」
「そうだな」
「ねぇってば!」
「勲の呑み屋の名前は釜屋だ。名前からも分かるように、そういう筋のやつらが経営してる呑み屋だよ。そこに行く客は、それに限らないけど…」
「ふぅん。そうなんだ」
「興味あるか?」
「ちょっとね」
「…まあ、そのうちに座敷屋には行ってみようか」
「そうだね」
「行っちゃうの~?」
「なんだよ。いいだろ、昼くらい」
「でも、風華ちゃんも心臓に毛が生えてるみたいだし、釜屋でもいいんじゃないの?」
「さっきと言ってることが逆な気がするけど…。でも、ダメだ、呑み屋は。風華にはちゃんと前科があるからな」
「前科?お酒、呑んでたの?」
「ああ。まあな」
「ちょっと姉ちゃん!何を喋ってるの?」
「お前の飲酒歴についてだ」
「もう!今はちゃんと呑んでないんだから、そんな話はしないでよ!」
「はいはい…」
「怒られちゃったね」
「…そうだな」
「姉ちゃん!」
「はぁ…。その話じゃないって」
「ホントかなぁ…」
「母さんが関わると、やっぱり面倒くさいな…」
「ふふふ。そんなこと言わないでさ」
「はぁ…」
本当に面倒くさい。
私にしか見えない母さんと話して、風華とも話して。
風華とは一部の話が噛み合わないし…。
仲介まではしてないけど、両方と話せるってのはかなりしんどいな。
出来るなら、一人ずつで来てほしいんだけど…まあ、無理だろうな。
「お母さ~ん」
「りる」
「あれ?新しい子?」
「なんだ、知らなかったか?」
「私も、毎日紅葉の寝顔を見つめてるわけじゃないから」
「…それは、毎日でなくても是非ともやめてほしいことだな」
「えぇ~」
「お母さん、この人、誰~?」
「あはは、私が見えるんだ。紅葉と同じくらい霊感が強いんだね」
「……?」
まあ、りるも見えるんだったら少しくらい説得力が増すだろうか。
増すのか…?