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小窓から見える空に、薄ら光が射し込んできた。
もうすぐ夜明けか。
…しかし、もう四半刻は経ってるぞ。
中で寝てるんじゃないだろうな…。
「おい、起きてるか?」
「………」
「まったく…」
返事が返ってこない。
ということで、扉を開けて中を見てみる。
すると、案の定りるは眠りこけていた。
屈み込んだまま、器用に。
「おい、起きろ」
「んぅ…」
「用は足せたのか?ていうか、お前、また下着も穿かないで…」
「んー…」
「そら、もう行くぞ」
「抱っこ…」
「分かった分かった…」
下を適当に拭いて、水を流す。
そして、寝惚けた目でそれを眺めていたりるを抱き上げて厠を出た。
りるは、抱っこをしてすぐに寝息を立て始め、起きる気配はなかった。
…しかし、怖いから厠についてきてくれって言うなら分かるけど、寂しいからついてきてくれっていうのは聞いたことがない。
あるんだろうか、そういうのも。
「………」
「………」
まあ、なんでもいいけど。
暗い廊下を帰っていく。
…りるに関しては、まだ分からないことも多い。
どこから来たのか、どうやって屋根裏に忍び込んだのか、屋根裏にいる間はどうやって生活をしていたのか…。
知りたいことはたくさんあるけど、りるに聞いたところで的確な答えは返ってこないだろう。
この前みたいに。
それなら、もうそんなことは気にしないことにする。
気にしたところで、何が変わるわけでもないし。
それが一番いいんだと、私は思う。
結局、目が冴えてしまって眠れなかったから、いつものように厨房へ行く。
当番は起きてないだろうと踏んでいたんだけど、今日は誰かがいるようだ。
「おはよう、環」
「あ、おはようございます」
「どうしたんだ、今日は。早起きだな」
「ええ。美希さんに起こされまして」
「そうなのか?」
「部屋が隣ですからねぇ。失敗でした」
「何を言ってるんだ」
「まあ、目が覚めるとダメですね。なかなか眠れなくて」
「当番なんだから、寝ようとするなよ」
「あはは、それもそうなんですけど。でも、美希さんはすごいですよね。あんなに朝早くに起きられるなんて。お城の周りとかを散歩するんですって。灯と一緒に」
「ふぅん。灯もか」
「はい。大変ですね、灯も」
「まあ、お前らも、毎日とは言わないが当番の日くらい早起きしてほしいものだな」
「ふふふ。善処します」
「はぁ…。しかし、なんで寝坊するやつばっかり調理班なんだろうな?」
「のんびりした人が多いんじゃないですか?料理は焦ってするものじゃないですし」
「そうか?」
「そうですよ。どんな料理であれ、じっくり時間を掛けて完成させていくんです」
「焼き飯は速さが命と聞いたが」
「そういう時間じゃないですよ。最初から上手く出来る人なんていないですから、何回も何回も経験を積んで料理を完成させていく。そういう意味ですよ」
「まあ、分かってたけどな」
「ええ。私も、隊長が分かってるってことは分かってました」
「………」
「そういえば、さっき、りるちゃんとどこに行ってたんです?厠ですか?」
「ああ。寂しいからって」
「怖い、じゃなくて?」
「ああ」
「ふぅん…。ちょっと変わった理由ですね」
「そうだな」
「寂しい、ですか」
「どうした?」
「りるちゃんは、屋根裏で一人で寝てたんですよね?」
「ああ」
「そのときは寂しくなかったんでしょうか」
「さあな。分からないけど」
「一人で厠に行くのにも寂しがったのに、一人で寝るなんていうのはもっと寂しいことのような気がするんですよね」
「そうかもしれないな」
「…本当は、りるちゃん、早く見つけてほしかったんじゃないですか?隊長に」
「オレか?」
「隊長ですよ」
「なんでオレなんだ?」
「だって、りるちゃん、隊長と一緒にいるときが一番幸せそうですし。それに、隊長はお母さんですもんね」
「あいつが勝手に呼んでるだけだろ?」
「そうでしょうか。隊長に頼っていて、大好きなんですよ。お母さんって、そういうものですし。りるちゃんに限らず、みんなそうなんですよ。私たちなんて、いいところお姉ちゃん止まりでしょう?そういった中で、隊長だけ特別なのは、やっぱりそういうことだと思いますよ」
「………」
「まあ、隊長なら分かってると思いますけどね。お母さんとして、何をするべきなのか。それに、ツカサやナナヤにとってはお姉ちゃんですし。大変ですね、隊長って」
「はぁ…。そうだな…」
「お父さんやお兄ちゃんまで兼任されなくてよかったですね」
「そうだな…。まあ、そんなやつはなかなかいないけど」
「そうですねぇ。…勲くらいですか?」
「オレの知る限りではな」
「風華、勲と上手くやれてるのかな…」
「ふん。要らぬ心配だとは思うけど」
「でも、男の心も女の心も分かるなんて、ある意味才能ですよね」
「そうだな」
「そういえば、勲、夜は下町の方で呑み屋を開いてるらしいですよ。釜屋ってお店」
「…知ってる」
「行ったことあります?」
「いや、ないな。声も掛からないし」
「声が掛かったら行くんですか?」
「何か問題があるのか?」
「いえ。隊長も、えらい度胸だなと思って」
「どういう意味だ」
「だって、釜屋には勲みたいなのが四、五人いるって話ですよ?」
「それがどうしたんだ」
「怖くないですか?」
「お前な…」
「あはは、分かってますって。ちょっと、からかってみただけです」
「言っていいことと悪いことがあるぞ」
「はぁい。肝に銘じておきます」
まったく…。
しかし、私自身も釜屋がどういうものかは漠然としか知らないんだけど。
いわゆるオカマがいる呑み屋としか…。
…まあ、一度くらいは行ってみてもいいかもしれない。