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市場は相変わらず活気に溢れていて。
どうして、いつもみんなこんなに元気なのかと不思議に思うくらい。
…とりあえず、食堂に入る。
「いらっしゃい。あ、紅葉ちゃん」
「どうも」
「ツカサ!紅葉ちゃんだよ!」
「ツカサ?来てるのか」
「うん。今は私が働けないからね。お昼は入ってもらってるんだ」
「ふぅん…」
「…姉さん」
「ツカサ。ここで働いてたんだな」
「…昼だけな」
「そうか」
「…仕事の途中だから」
「ん?あぁ、ご苦労さん」「………」
ツカサは、そのまま奥に引っ込んでいって。
相変わらず、無愛想なやつだな。
食堂で働いてるのに。
「愛想はないけど格好いいから、ちょっと女客が増えてね」
「あいつはいつから入ってるんだ?」
「昨日からだね」
「なんだ。一日じゃ、増えたかどうかなんて分からないじゃないか」
「増えたよ~。下町の情報網を侮っちゃダメだよ。それに、あの子が働きにいった店はみんな売上が上がるって、引っ張りだこなんだよ?」
「ふぅん…。しかし、それにしては、見たような顔ばかりだけど」
「もう、ちょっと遅いから。みんな、少し早いめに来るんだよ。奥さま連中はね。長々と喋ってたら、邪魔だって言って私が追い返すから、すぐに帰るけどさ」
「そうか。まあ、それはいいから。三人な」
「はいよ。…それで、そっちのチビっこは?」
「りるだ。昨日、屋根裏で見つけた」
「屋根裏?お城にもあるんだ」
「まあな」
「りるちゃん?こんにちは」
「こ、こんにちは…」
「あれ?人見知り?」
「そうだな。風華も、怖いお姉ちゃんだって」
「あはは、それはいいね。ユカラちゃんのことは?」
「えっ?あたしですか?」
「ユカラは普通だったな。今朝も、すぐに飛び付いてたし」
「ふぅん…。同じ金髪同士だからかな?」
「いや、知らないけど」
「まあいいや。注文はどうする?」
「オレはおまかせ定食で」
「じゃあ、あたしは牛丼を定食で」
「牛丼定食?ご飯はいる?」
「はい」
「うん、分かった」
「牛丼にご飯が付くのか?」
「何にご飯が付いたっていいじゃない。お好み焼きだって、ご飯で食べるでしょ?」
「いや、でも、牛丼ってご飯ものじゃないか」
「もう…。紅葉ちゃんが食べるわけじゃないんだからいいでしょ。はい、次。りるちゃん」
「………」
「えっ?なんて?」
「きつねうどんがいいらしい」
「なんで紅葉ちゃん経由なのよ」
「お前が怖いんじゃないか?」
「そんなぁ。ねぇ、私、そんなに怖い?」
「………」
涼をジッと見つめたまま、身動ぎもしない。
相当怯えてるようだ。
「はぁ…。私は怖くないって、あとでよーく言い聞かせておいてよ?絶対だよ?」
「分かった分かった…。それより、早く昼ごはんを作ってくれよ…」
「はいはい。おまかせと、牛定と、きつねをひとつずつね」
「はいよ~」
奥から、おやっさんの声が聞こえてきた。
それから、涼はまたこちらを向く。
「それでさぁ」
「ここに居座るのかよ」
「いいじゃない。だって、あのムサい連中と話しても面白くないもん」
「…まあ、そうだな」
「えっ!酷いですよ、二人とも!」
「そうだそうだ!暴挙だ!」
「はぁ…。何が暴挙だよ…」
「あんたたちのバカが、お腹の子に移ったらどうするんだよ」
「バカじゃないですって!」
「男なんて、みんなバカだよ」
「…あの」
「ん?どうしたの、ツカサ?」
「…涼さんじゃないです。定食は、味噌汁ですか?お澄ましですか?」
「オレは味噌汁」
「じゃあ、あたしも」
「承知いたしました。もう少々お待ちください」
「はぁい」
ツカサは無愛想にお辞儀をすると、さっさと奥に帰っていってしまった。
…笑顔のひとつくらい、オマケしてくれてもよさそうなものだが。
「ちょっとちょっと!涼さん!」
「話し掛けないでくれる?」
「なんでツカサとは、普通に喋ってんスか!喋ろうとしたんスか!」
「ツカサはバカじゃないからね。あんたたちと違って」
「そりゃないっスよ、涼さん…。今、男はみんなバカだって言ったばっかりなのに…」
「例外のない規則はないんだよ」
「涼さん…」
「涼。その辺にしておけ」
「はいはい」
「はぁ…。規則じゃないっての…」
「なんか言った?」
「い、いえ。なんでも」
まったく…。
うちの衛士をあまりからかわないでほしいんだけど…。
…りるも余計に警戒してるし。
逆効果だな。
「それで、どうなんですか?お腹の子は?」
「順調だってさ。風華ちゃんが言ってたけど。まあ、私の子だから大丈夫だよ」
「そうですね。涼さん、丈夫そうだし」
「あら、どういう意味?」
「そのままの意味だろ。しかし、また虎が増えるんだな」
「何?虎はダメなの?」
「虎は喧嘩っ早いやつが多いからな。そして、その喧嘩の仲裁をするのは、オレたち衛士だ」
「大丈夫大丈夫。この子は、私に似てお淑やかに育てるから」
「そうか。不安だな」
「どういう意味?」
「だから、そのままの意味だ」
「ふぅ…。紅葉ちゃんの子供も、こんな意地悪になっちゃうのかなぁ」
「そうだな。期待しておいてくれ」
涼はため息をついて。
まったく…。
…しかし、私の子供か。
どんな子供になるんだろうな。
楽しみのような、なんか怖いような。
………。
でも、現実味がないな。
まあ…これを考えるのは、とりあえずやめよう。