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「驚いたな。お前、よく食べるんだな」
「んむ?」
「あぁ、いいよ。どんどん食べてくれ」
「うん!」
りるは手当たり次第、食べ物を口の中に入れていく。
美希は、感心しながらそれを見ていて。
「でも、紅葉。なんで言ってくれなかったんだよ。こんなに可愛い子が来てたなんて、全然知らなかったぞ」
「なんでお前に報せないといけないんだよ。それに、今知れたんだからいいだろ」
「いや。もし先に知ってたら、りるのためにいろいろ作ってやれただろ」
「なんだ、そんなことか…」
「りるがこんなに食べるって分かってたら、たくさんおかずなりなんなり作れただろ」
「明日から作ってやれよ」
「はぁ…。紅葉は何も分かってないな…」
「分からなくて結構」
「今日してやれたことを仕損じたんだ。これ以上の不幸があるか?」
「さあな。あるかもしれない」
「ないさ。今日という日は二度と来ない。今日は、今日一日限りなんだ」
「分かった分かった…。静かにごはんを食べさせてくれ…」
「それはもっともな意見ではあるが」
「じゃあ、少し黙っていてくれ」
「私はだな、りるとの出会いをもっと大切なものにしたかったと言ってるんだ」
「はぁ…」
いつまで続くんだろうな。
面倒だから、適当にあしらってるとはいえ…。
姑が嫁に小言を言うときも、こんなかんじなんだろうか。
よくもまあ、それだけ言葉が出てくるものだ。
…と、灯が私と美希の間に、椅子を持って無理矢理割って入ってきた。
仕方ないので、間を開けて灯が座れるようにする。
「どうも。それよりさ、美希。その辺にしといてあげなよ。お姉ちゃんも夕飯を食べたいって言ってるんだからさ」
「いや、まだ言い足りない」
「…なんか姑みたいだね」
「姑だと?」
「だってさ、そういうかんじで小五月蝿いって言うじゃない。愛息子を盗られた恨み辛みを、下らないことで揚げ足を取ってぶつけてさぁ」
「下らないことじゃないだろ」
「みんな、そう言うんだよ。でもね、実際は下らないことだと思うよ。どうせ明日になったら、りる用のおかずもどっさり用意するんでしょ?」
「それはそうだけど」
「じゃあ、もういいじゃん。何が不満なのよ?今日一日と明日からの時間、美希はどっちに重きを置くの?」
「でもなぁ…」
「でもも鴨もないの。ほら、せっかく美味しいごはんなのに冷めちゃうよ?」
「はぁ…」
美希はため息をつくと正面に向き直って、ボソボソとごはんを食べ始めた。
それを確認して、灯はこっちを向いてニッコリと笑う。
「なんだ。面倒事を持ち込みにきたのか?私を美希の小言から救って恩を売って」
「まあね。明日なんだけど、ちょっと出掛けてほしいなって思ってさ」
「オレがついていかないといけない理由は?」
「ユカラからのご指名。一回、二人でゆっくりと話がしたいんだって」
「二人?お前は?」
「私は行かないよ。ただの伝令係」
「ユカラは?なんで直接来ないんだ」
「あんまり面と向かって言えるような子じゃないからさ、私が代わりに言ってあげようか?って言ったんだよ」
「ふん。お前は相変わらずお節介だな」
「どうも」
「調理班じゃなく伝令班なら、そのお節介を遺憾なく発揮出来たかもな」
「あはは。お節介と伝令班の仕事は全然違うからね」
「まあ…そうだけどな」
ユカラの方を見てみると、一瞬目が合ったがすぐに逸らされてしまった。
…誰かと二人で出掛けるというのも悪くはないかもな。
ゆっくり話も出来るだろうし。
オマケがついてこないか心配だけど。
桜とか。
まあ、なんとかなるかな。
とにかく、明日はユカラと二人きりで。
風呂に入って部屋に戻ると、子供たちが枕投げをしていた。
ひとつ、私の方にも飛んできて。
それを掴んで、もと来た場所に投げ返す。
「いったぁ」
「ふん。オレを仕留めようなんて、百年早いんだよ」
「お母さん、強すぎるよ~…」
「お前が弱すぎるんじゃないか、響?」
「そんなことないもん!」
「じゃあ、日々の鍛練が足りないんだな」
「あはは、大人気ないなぁ」
「どうも。ナナヤ。お前も、訓練から逃げ出すなんて、大人気ないとは思わないか?」
「何のことかな~」
「…ナナヤ。訓練に出ていないのか?俺が強いことを言える立場でないのは分かっているが」
「だって…」
「風華。マオはちゃんと勉強してるのか?」
「してるよ。しすぎなんじゃないかって心配になるくらい」
「そうか。キリとシュウはどうだ」
「さあな。明日、香具夜に聞いてきたらいい」
「…そうだな」
ツカサはゆっくりと頷くと、もう一度ナナヤの方を見る。
ナナヤは、少し決まりの悪そうな顔をしていて。
…枕投げが激化しているのはさておき。
「ナナヤ。お前は、どうして訓練に出ないんだ?」
「………」
「俺だって、訓練に出ていない。お前を責められる立場にないのは分かってる。でも、俺は残念に思うんだ。お前は、俺たちの誰よりも優しいってことを知ってるから。…守る力がなければ、その優しさはお前を殺してしまうかもしれないんだぞ?」
「…分かってるよ」
「じゃあ、なんで…」
「まあ待て、ツカサ。オレからいくつか質問させてくれ」
「………」
「まず、お前の言う優しさってのは何だ?仲間を、家族を、思いやる気持ちか?」
「そんなところだ」
「じゃあ、その優しさが、なんでナナヤを殺すんだ?」
「誰かを守る力…自分を守る力すらもなければ、戦いの場では死に繋がる。かつてナナヤは、そのせいで深い傷を負った」
「………」
「そうだろうな」
「生き残るために、力は必要になる。誰かを守る力が。そうじゃないのか?」
「お前の意見は至極真っ当だろう。でも、足りない部分があるんじゃないか?」
「足りない…?」
「分からないか?」
「………」
「じゃあ、風華」
「え、えぇ?私?」
「そうだ」
「えぇ…。んー…。敢えて言うなら、今は争乱のときではないってことかな…。ツカサは、戦いを前提で話をしてるけどさ」
「………」
「そうだな。今は、早急に力が必要なときではない。訓練をしなくていいとは言わないが、もっと大切なことがあると思わないか?だから、お前も市場で働いているんじゃないのか?」
「………」
「今、お前たちに必要なものは力ではないと、私は思うんだけど。…よく考えてみてくれ」
「………」
ツカサは何も言わなかった。
ナナヤも、ずっと俯いたままだったけど。
…そうだ。
よく考えるんだ。
何か、今日はそういう日みたいだしな。
「よーし、お前ら。もう寝るぞ」
「はぁい」「えぇ~…」
「そら、枕投げをやめろ。早く布団に入れ」
素直な光や葛葉はいいが、嫌がる響やサンを布団に押し込めるのには難儀した。
そして、枕投げやらそのあとの騒動にも関わらず、りるは最初からスヤスヤと眠っていた。
…ある意味で大物だな。
みんなが床に就いたのを確認してから、望と風華も布団に入って。
「お休みなさい」
「お休み、姉ちゃん」
「ああ。お休み」
それから、行灯の火を消した。