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「お肉は~?」
「今日は魚だねぇ」
「むぅ~…」
「りる、我儘を言うな」
「へぇ。りるちゃんって言うんですか」
「ああ」
「そういえば、隊長、朝に誰かを追い掛け回してましたね。りるちゃんですか?」
「ああ。事情を聞こうと思ったんだが」
「お腹空いた~…」
「はいはい。もう少し待ってくださいね。それで、どんなことを聞いたんですか?」
「どこから来たのかとか、まあそんなところだ。肉が好物だってことも教えてもらったな」
「うん!りる、お肉大好き!」
「そうですか。また今度、お肉料理を作ってあげますね。牛がいいですか?豚?」
「んー、お肉ならなんでもいいよ」
「好き嫌いはないんですね。いいことです」
「肉の好き嫌いはないということしか分かってないけどな…」
「ところで、美希さんには報せてあげたんですか?」
「なんで」
「美希さん、金髪の子が好きじゃないですか」
「あぁ…。でも、瞳は赤くないぞ」
「そうですね。綺麗な黒ですね。隊長によく似てます」
「オレの子供じゃないぞ」
「分かってますって」
周太はクスクスと笑って。
…何が面白いんだよ。
「いえ。満更でもなさそうだなって思って」
「心を読むな」
「ふふふ。隊長は読みやすいですからねぇ」
「ふん」
「さぁて。りるちゃん、お待ちかねのごはんですよ」
「やった!」
「今日は、灯さんのご希望で、洋風ですよ。白身魚のソテーというものを作ってみました」
「ふぅん。結構油の匂いが強いな。何の魚だ?」
「鯵ですね。西洋の料理は初めてなんで、上手く出来てるかは分かりませんが…」
「じゃあ、いただこうか。…って、りる。もう食べてるのかよ」
「ん~」
「美味しいですか?」
「ふつー」
「普通ですか…」
「そうだな…普通だな。不味くもなければ、美味くもない」
「鯵は合ってないのでしょうか?」
「さあな。まあ、初めて作ったということもあるんじゃないか?」
「ふぅむ…。次までには、もっと勉強しておきます」
「ああ。楽しみにしてるぞ」
「ありがとうございます」
周太は軽くお辞儀をして、もうソテーとやらを食べ終わってしまったりるの口を拭く。
それから、その皿を下げて、次の料理を持ってきて。
「一度に出さないのか?」
「はい。西洋ではこうすると聞きました」
「…しかし、おかずのあとにご飯を持ってくるのは、何かおかしくないか?」
「そうですよね…。あれ?どんな順番でした?」
「知らないけど…」
「うーん…。また調べておきます…」
「そうしてくれ」
西洋では、ご飯とおかずを一緒に食べないのか?
まあ、周太が間違ってるだけだとは思うけど…。
でも、本当にそうだとしたら、相当変わってるんだな。
向こうから見たら、こっちの方が変わってるのかもしれないけど。
「りるちゃん。焦らなくても、まだまだたくさんありますから、ゆっくりと食べてくださいね。喉に詰めますよ」
「んー」
「ちゃんと聞いてたか?」
「うん」
「りるちゃんは、食べるのが速いですねぇ。小さい頃の隊長そっくりです」
「速く食べないと、兄妹に取られたりしたからな。あと、食事中や食後は反応が遅れるからな。敵に隙を晒さないためにも、急いで食べるんだよ」
「へぇ。でも、狼ってやっぱり、肉ばっかりなんですか?」
「いや。草や木の芽を食べることもあったな。腹を壊したときなんかは、薬草も食べたし」
「そうなんですか?それにしても、小さい頃のことなのに、よく覚えてますね」
「覚えてるだけだ。全部を鮮明に思い出せるわけじゃないよ」
「あぁ。まあ、そうでしょうね」
「でも、狼の群れにいたというのは割と強烈な記憶だからな。鮮明に思い出せる記憶も多い。特に、親兄妹のこと、城に来る前後のことは、今でもはっきりと思い出せるよ」
「そうなんですか」
「ああ」
よく覚えてる。
群れから離れて、城に来たときのこと。
お母さんやお姉ちゃんの温かさ。
今でも、よく思い出す。
「けど、りるちゃんは狼の群れにいたわけじゃないんでしょ?なんで、こんながっつくようになったんでしょうかね?」
「さあな。どこから来たのかも分からないんだ。オレみたいに狼の群れで過ごしてた可能性も否定出来ないし」
「隊長ほど数奇な運命を辿ってる人もいませんって」
「どういう意味だ」
「そのままの意味です」
「はぁ…」
「ふふふ」
まったく、なんでこいつらは…特に古参のやつらは、私の過去を取り上げて数奇な運命だの珍人生などと言うんだ。
どんな人生を過ごそうとも、私の勝手だろうに。
「羨ましいんですよ、隊長のことが。だから、ちょっと意地悪したくなる」
「何が羨ましいんだよ」
「みんな、そういう生き方に憧れるんですよ。そしてある者は、その想いを文字にして小説とする。隊長の人生なんて、小説にしても面白いくらい変わってると思いませんか?」
「思わない。それに、事実は小説よりも奇なり、だ。事実を書き連ねていくだけでも小説になるんじゃないか?」
「それじゃあ、ただの自伝や伝記です。小説は、奇妙である事実よりも奇妙なことを書かないと、小説にならないと思いますよ?」
「小説論なんて知らないけどな。しかし、奇妙な小説よりも奇妙なのが事実なんだろう?」
「ふふふ。ええ、そうなんですよね」
これでは堂々巡りだな。
どちらが奇妙か、なんてことを決めようとするのは、無限回廊を延々と上り続けるようなものなのかもしれない。
どちらも、充分に奇妙なんだから。
…話してる間に、りるはもうご飯も食べ終わって、次の料理を今か今かと待ちわびていた。