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ゆったりと空を見る。
山の稜線が赤く染まり始めたばかりで、ほとんどはまだ暗い青だった。
夜明けには、まだ時間がある。
「ふぅ…」
息を吐くと、白く凍った。
はぁ…。
なんでこんなに早く目が覚めるかな…。
しかも、二度寝するには目が冴えすぎている…。
セトもまだ起きてないし…。
「はぁ…」
屋根縁の柵に腰掛けて、市場の方を見る。
大通りでは、みんな一所懸命に働いていた。
…でも、私はこうやって暇を持て余している。
果たして、こんなのでいいのだろうか?
「うーん…」
まあ、考えても仕方ない気もするけど…。
ツカサも、あそこのどこかにいるんだろうか。
ここからでは、さすがに見えないな…。
「よっと…」
何をするわけでもないけど、部屋に戻って。
みんな、よく眠ってる。
…私は眠たくないけど。
金髪の二人…葛葉とサンが隣合って寝ている。
そして、なぜだかは知らないが、手を繋いでる。
まあ、手の位置関係から考えて、サンが寝惚けたか何かで葛葉の手を握ったんだろう。
なんか可愛いし、このまま置いておこう。
「んぅー…」
「ん?」
風華が何やら眉間に皺を寄せて唸っている。
悪い夢でも見てるんだろうか。
起こすのもいいが…まあ、このままにしておこう。
面白いし。
すぐ隣には、光と響が。
光はきちんと布団で寝ているけど、響は布団の端からはみ出ている。
ちゃんと布団の中に入れてやって。
まったく、どんな寝相だよ…。
「さて…」
イナもナナヤもちゃんとぐっすり寝てる。
ツカサの布団はきっちりと畳んであるし。
「よし」
なぜか少し笑みを浮かべて眠っている望の頭を撫でて。
毛布の代わりに羽織を羽織って、部屋を出る。
「うぅ…。寒い…」
廊下は陽も入らず、灯りも点いてない。
普通は夜勤組しか起きてない時間だから仕方ないけど。
でも、ツカサはもっと暗い時間から出てるんだよな。
鳥目でないことは確かなようだ。
…そんな情報はさておき。
角を曲がって、階段を降りていく。
上がっても屋根裏に出るだけだしな…。
いや、しかし、たまには上がるのもいいかもしれない。
「…よし」
屋根裏に上がるのは何年振りだろうか。
昔は、桐華と一緒に秘密基地なんて作ったりしてたけど。
ふむ。
階段は埃っぽくないな。
掃除をちゃんとしてくれているのか、子供たちが上手く見つけたのか。
とりあえず、屋根裏に出る床戸を押し開ける。
「………」
そして、閉めた。
…何なんだ、今のは。
一番奥で、明り窓から入ってきた朝日にうっすらと何かが照らされていた。
風華か?
屋根裏で伊織と蓮を飼ってた前科もあるわけだし…。
でも…。
「人間…だったよな?」
もう一度、床戸を押し開けて、屋根裏の様子を窺う。
窓から一番遠いところ…たぶん一番寒くないところに、そいつはいた。
…まさか、死体じゃないだろうな。
とりあえず屋根裏に上がって、確かめてみる。
「………」
死体…ではなさそうだ。
息はしている。
しかし、こんなに寒いのに、薄い服一枚だけとは…。
どのみち、凍え死んでしまうんじゃないか…?
「おい、起きろ」
「うーん…」
「起きろって」
身体の向きを変えただけで、起きようとはしない。
仕方ないな…。
部屋に連れて帰るか…。
そっと抱き上げて。
…こいつ、下着も着けてないのか。
まったく、手間の掛かるやつだな…。
「よいしょ…」
慎重にゆっくりと階段を降りていく。
屋根裏の住人は、相変わらず暢気に涎なんか垂らして寝ている。
…涎を拭ってやりながら、さっき来た道を戻って。
さっき出てきた部屋は、何の変化もなく。
当たり前といえば、当たり前だけど。
私が寝ていたあたりに、屋根裏の住人を寝かせる。
「んぅ…。何…?」
「風華。起こしたか」
「うん…」
「まだ早いから寝てろ」
「うん…」
返事をするとすぐに寝息を立て始めた。
…ただ単に寝惚けてただけか?
まあ、なんでもいいけど。
屋根裏の住人は布団に収まると、クルリと身体を丸めて。
「………」
小さい頃を思い出すな。
寒いのを我慢してると、みんなで温めてくれた。
熱を逃がさないようにって、みんなで小さく丸くなって。
「………」
なんだか、この子を見てると、昔の私を見ている気がする。
狼だった頃、城に来たばっかりの頃…。
なんでだろうか。
…まあいい。
「よっと…」
屋根裏の住人の横に入る。
それから、そっと抱き締めて。
「お前は誰なんだ?」
「………」
「お前は、私に似ているな…」
似ている?
そうか、似ているのか。
…幸せそうに眠る屋根裏の住人は、何も知らなかった、子供の頃の私に似ている。
狼だった頃、城に来たばっかりの頃。
私だって、こんなに幼くて無垢な寝顔をしていたはずだ。
「お前は、私がなれなかった私なのか?」
いや…それはこれからこの子が決めていくんだろう。
葛葉やサンとそう変わらないこの子には、葛葉やサンと同じく、未来に対するあらゆる可能性が備わっている。
…この子が誰かは知らないけど。
でも、その可能性を出来るだけ広げてやりたい。
そう思う何かが、この子にもあった。