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「ふぁ…」
「起きたか?」
「うん…」
「続きをやるか?」
「んー…」
屋根縁から広場を覗き込む望。
掘り返して種を埋めたところは土の色が違う。
その横で、セトが寝ていた。
「続きは明日にする」
「そうか」
「けど、なんで部屋に戻ってるの?」
「ここまで運んできたからだ」
「お母さんが?」
「まあな。厨房で寝かしておくのも可哀想だと思って」
「望、厨房で寝たの?」
「ぐっすりとな」
「うーん…」
「どうした?」
「いつから?」
「そうだな…。オレたちが三人で話し始めたくらいからかな」
「ふぅん…」
「どうしたんだ?」
「ううん。なんでもないよ」
「そうか?」
「うん」
望は頷くと、私の隣に座る。
それから、何か言いたげに尻尾を振って。
「どうした?」
「うん…」
「ん?」
「あのね…」
「うん」
「望、お母さんのこと、好きだよ?」
「なんだ。また怖い夢でも見たのか?」
「ううん。言いたかっただけ」
「そうか」
「旅をしてたときね、美希お姉ちゃんから言われたの。大切な人に、大切なことを必ず伝えろって。旅は一期一会だから」
「でも、今は旅をしてないだろ?」
「うん。してない」
ニッコリと笑うと、身体を預けてくる。
…まあ、人生という旅の途中なのかもしれないな。
望も、私も。
こんなことを言うと、風華や灯にクサい台詞だと言われるかもしれないけど。
「望ね、旅が好きだよ」
「そうだな。旅は楽しいからな」
「お母さんも、旅したことあるの?」
「いや。私はずっと、この街から出てないな」
「じゃあ、なんで旅は楽しいって知ってるの?」
「想像するんだ。ここから北へ行ったら…南へ行ったら…。何があるかは知らないけど、新しい発見があるのは間違いない。そう考えると、毎日が楽しいものであることは、簡単に想像することが出来るだろ?」
「お母さん、今の毎日は楽しくないの?」
「いや、楽しいさ。みんなとごはんを食べたり、子供たちと遊んだり。あと、望とお喋りしたりな。楽しいことはたくさんある」
「えへへ」
望の身体を持ち上げて、膝の上に乗せる。
望は、嬉しそうに抱きついてきて。
…日に日に重たくなってきてるな。
成長の証だ。
心も身体も、大きく成長してくれよ。
「あのね」
「ん?」
「お花畑が出来たら、みんな喜んでくれるかな?」
「ああ。喜ぶさ」
「お母さんの、お母さんも?」
「そうだな。私のお母さんは、花が好きだったから」
「うん。そう言ってた」
「私のお母さんと話したことがあるのか?」
「うん。何回かあるよ。お母さんのお母さんね、灯お姉ちゃんにすっごく似てるの」
「ああ。親子だからな」
「望と、お母さんも、親子?」
「ああ。親子だ」
「でも、あんまり似てないよ?」
「そうだな。望の方が美人だ」
望の頬を撫でてやると、顔を赤らめながら、恥ずかしそうに笑う。
…可愛いやつだ。
「お母さんね、銀色の髪で綺麗だなって思うの。望は、黒色だし…」
「望の髪も綺麗じゃないか。私は、この先白は好きだけどな」
「そ、そうかな」
「ああ」
「えへへ…」
「望はどうだ?自分の髪は嫌いか?」
「えっ?えっとね、お母さんに褒めてもらったから、好きだよ」
「ははは。なんだよ、それは」
「むぅ…」
「まあ、望はもうちょっと伸ばして、肩に掛かるくらいがちょうどいいかもしれないな」
「そうなの?」
「あくまで、私の意見だけどな。でも、望はもう少し伸ばした方がいいだろう」
「うん。じゃあ、美希お姉ちゃんにも言っておくね」
「ん?美希に?」
「うん。髪を切ってくれてるの、美希お姉ちゃんだもん」
「そうか。じゃあ、そう言っておけ」
「うん」
望は、自分の髪に触って長さを確かめている。
…まあ、やっぱり伸ばした方がいい気がするな。
そうした方が、もっと女の子らしくなって可愛いし。
「お母さんの髪、すごく長いね」
「切ってないからな」
「切らないの?」
「切るのが面倒だから」
「そうなの?」
「ああ。これだけ伸ばすと、切るのにも理由が必要だったりするんだよ」
「なんで?」
「まあ、望もそのうち分かるよ」
「むぅ…。みんな、そう言って教えてくれないもん…」
「知りたいか?」
「うん」
「じゃあ、教えてやろうか。…たとえば、長い髪を短くしたり、今まで着なかったような服を着たり。そういう大きな変化があると、自分はどうとも思ってなかったとしても、相手は何か理由があって外見を大きく変えたんだと思うんだ。そして、気になれば理由を聞く。そのときに、本当に何も理由がなければ、答えようのない質問を投げ掛けられ、理由がないと答えてもしつこく言及されることとなる。その質問攻めを煩わしいと思うから、それらしい理由も用意せずに髪を切りたくないんだよ」
「……?」
「分からないか?」
「…うん」
「そういうことだよ。こういうことは実際に経験をしてみないと、説明されただけではよく分からない。そのうち分かるっていうのは、そういう意味も含んでいるんだよ」
「ふぅん…。じゃあ、望も早く大人になりたい」
「焦ることはない。誰でもみんな、大人になっていくんだから。ゆっくりと、焦らず。子供であることも、大切な経験のひとつだ」
「………。分かんない」
「そうだな。それは、大人になってから分かることだ」
「むぅ…」
望は不満そうに頬を膨らませて。
その頬を突つくと、空気が抜けてしぼんでしまった。
すると、その次は尻尾をバタバタと振って。
…面白いな。
もうちょっと遊ばせてもらおうかな。