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「ふぁ…あふぅ…」
「ふぁ…」
灯が大きな欠伸をした。
それがナナヤにも伝染したみたいで。
望は、椅子を並べた臨時の寝台でまだ昼寝をしている。
「暇だね」
「暇なら、何か仕事を見つけてこいよ」
「んー。あ、そういえば、旅団天照が次の仕事を見つけたって。遙さんが言ってたんだけど」
「ふぅん」
「あれ、知らない?」
「桐華がオレに伝える役だろうが、完全に忘れてるんだろうな」
「あはは、桐華さんらしいや」
「それで?仕事の内容は?」
「商団の護衛だってさ。舶来の品をトゥクルまで運ぶからって」
「なんだ、すぐ隣じゃないか」
「うん。旅団天元の護衛でムカラゥからずっと来て、あとはシュナルナとルクレィと、トゥクル王宮までの間だけなんだってさ」
「天元はルクレィには入らないからな」
「うん」
「なんでなの?」
「天元はルクレィに借りがあるんだよ。三代か四代くらい前の王のとき、旅団天元のもとになった夜賊天地が、この城の宝物庫に盗みに入って全員捕まったんだって」
「あ、夜賊天地は聞いたことあるよ」
「そうなの?」
「うん。伝説の義賊として、クーア旅団と肩を並べていたって」
「義賊と言ったって、法的に見れば盗人以上のものではない。夜賊天地もクーア旅団も、罪人には変わりはないんだよ」
「うん…」
「義賊の噂を聞いていた当時のルクレィ王は、実害がなかったとして天地を釈放したんだ。城に侵入するだけでも大罪なのにさ」
「無益な殺生は好まなかったんだろう。代が変われば、人も変わるということだな」
「………」
「それで?天地はどうなったの?」
「えっ?あぁ。表向きにはそれで終わりなんだけどね。実は話の続きがあって、ルクレィ王に恩義を感じた天地は、夜賊を解体して全うな生活をしようとしたんだ。それで、半数が旅団天元に、半数はルクレィ城を護る衛士になったんだって」
「ふぅん…って、じゃあ、今のこの衛士ってもともと…」
「いや、城の護衛自体は最初からいたんだけどな。王だけで城を護ることも出来ないだろ?」
「あ、あぁ…。そうだよね…」
「でも、衛士という言葉を使い始めたのは、天地の者だと言われているな」
「ふぅん」
「我々が受けし大恩、え忘れじ。自分たちが受けた恩を忘れることは出来ないということだが、え忘れじの"え"と"じ"を取って"えじ"、それに護る者という意味の"衛士"の字を当てたとかなんとか。後付け甚だしい話だけど」
「そうかな?私は素敵だと思うよ。義理と人情に生きるってのは」
「まあ…そうかもな」
「うん。でも、なんで天元はルクレィに来ないの?」
「…死罪を宣告されてもおかしくないところを、不問にして釈放してくれた。恩返しにといろいろ金品やら何やらを渡そうとしたが、そんなものが欲しくて釈放したわけじゃないと撥ね付けられたそうだ」
「ふぅん。でも、なんで?くれるって言うなら貰っておけばいいのに」
「まずは、一国の王が盗賊からそういったものを受け取るのは不味いということ。城への侵入を赦すことでさえ大変なことなのに、賄賂を貰って略奪行為を容認したと受け取られかねないことだからな」
「あ、そっか…」
「それから、かつてのルクレィ王は、義賊と呼ばれるのであれば人のために、生きてくれと言ったそうだ。天地の棟梁は、その意味を三日三晩考えたらしい」
「えっ?そんなに難しい?」
「じゃあ、お前はどういう意味か分かるのか?」
「義賊と呼ばれるのであれば、人のために生きてくれ。そのままの意味じゃないの?」
「それじゃあ、なんで棟梁がそんなに悩んだのか分からないだろ」
「そうだけど…」
「ナナヤも三日三晩考えてみるか?」
「え、遠慮しとくよ…」
「諦めが早いな」
「人間、諦めが肝心なんだよ」
「早すぎるのも、何も考えてないようで印象が悪いぞ」
「じゃあ、どうすればいいのよ…」
「そうだな。二日くらい考えてみたらどうだ」
「それじゃ、棟梁と変わんないじゃない…」
「一日の差は大きいぞ」
「そういう話じゃないでしょ…。ねぇ、どういう意味だったの?教えてよ」
「仕方ないな。棟梁の三日三晩の結晶が、ナナヤによって数分のうちに知られるのであった」
「前置きはいいから!」
「あまり急かすな。お前は一瞬のうちに知ることが出来るんだからな」
「むぅ…」
「義賊と呼ばれるのであれば、人のために生きてくれ。この言い方は正しくない。正しくはこうだ。義賊と呼ばれるのであれば人のために、生きてくれ」
「えっ?どういうこと?」
「義賊と呼ばれるのであれば人のために。…生きてくれ。これで分かるか?」
「えっ、じゃあ…」
「王が望んでいたことは二つ。ひとつは、人の役に立つこと。もうひとつは、生きることだ」
「へぇ…」
「死罪を免れたからと、王に何か誠意を示そうとする。これでは、死罪と変わらないと言うんだ。罪を償おうとするならな。そうじゃなくて、今あるその生命を、誰かのために役立ててくれと。そういうことだったらしい」
「ほえぇ…。私には考えもつかないよ…」
「考えてないからな」
「うっ…」
「そのあと、ルクレィ王に永遠の忠誠を誓った夜賊天地は天と地に二分。天よりルクレィを護り、広く人を助く者として旅団天元を。地よりルクレィを護り、広く人を愛する者として衛士を作りましたとさ。めでたしめでたし」
「へぇ…」
「まあ、ルクレィに入ってこない理由は、外の守りが手薄にならないように、ということだ」
「ふぅん…。なんかいいよね。忠義に生きるってさ」
「そうだな」
ルクレィ王と天地の逸話はまだまだたくさんあるんだけど。
ナナヤは、神妙に頷いていた。
「ところで、なんで二人ともそんなによく知ってるの?」
「だって、ねぇ?」
「母さんが好きだったんだ。それで、毎晩のように話してくれた」
「へぇ…。母は強しだね」
「それはかなり違うな」
「えぇ…」
でも、そうだな。
私たちがこの話が好きなのも、お母さんの影響が強かったからだ。
そういう意味では、母は強しかもしれない。
「あれぇ?じゃあ、なんて言えばいいのかな…?」
「別にいいんじゃない?無理しなくても」
「それじゃ納得いかない」
…まあ、いい機会だ。
ゆっくり考えてくれ。