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さて、土いじりなんて初めてなわけだけど。
セトは望に言われた通りに土を掘り返していって。
…土を耕す部分は楽なようだな。
「セト、もういいよ」
「……?」
「うん、ありがと。またあとで頼むかもしれないけど」
「ォオ…」
「うん」
セトはのっそりと立ち上がると、手に付いた土を払い落として、また門の方に歩いていく。
それを見届けてから、望は興味津々の伊織と蓮を押し退けて、種の入った袋を取る。
「これだよ」
「何の種が入ってるんだ?」
「うーん、分かんない」
「そうか。じゃあ、咲いてからのお楽しみだな」
「うん」
しかし、あそこの花畑は特別らしいからな。
ここでも咲くかどうか…。
まあ、植えてみないことには分からないが。
「お母さん」
「ん?」
「あのね、種を植えるときは、人差し指の先っちょくらいの穴を空けて、そこに種を入れて、上からそっと土を被せるんだって。香具夜お姉ちゃんに教えてもらったの」
「そうか。じゃあ、やってみようか」
「うん」
ひとつ、袋の中の黒い種を取って埋めてみる。
数秒で終わった。
望も、これでいいのかと首を傾げている。
「ある程度隙間を開けて、もう少し埋めてみようか」
「うん」
同じ作業を、ずっと続けていく。
そして、さっきセトが掘り返してくれたところと、昨日掘り返したらしいところはすぐにいっぱいになってしまった。
でも、種はいっぱい残っている。
「どうしよ?」
「まあ、一旦はこんなものでいいんじゃないか?」
「うん」
「次は水やりだな」
「うん」
「望~。園芸道具、持ってきたよ~」
ナナヤが城の裏の方から大八車を押してやってきた。
大八車には、鍬やら何やらがいろいろと乗っていて。
「ナナヤ」
「あ、お姉ちゃん…」
「なんだ、その気まずそうな顔は」
「ずっと訓練も怠けてるし、怒られるかなぁって…」
「望の手伝いをしてたのか?」
「まあ、うん…。私ってさ、ツカサみたいに下町でバリバリ働くとか、そんな性分じゃないみたいでさ。望の手伝いをしてたんだけど…」
「それならそれでいいじゃないか。戦闘訓練なんかよりもよっぽど大切なことだろ」
「えっ?」
「望の手伝いをしてやってたなら、訓練を優先させることなんて出来ないと言ったんだ」
「えっ?じゃあ、訓練はしなくていいってこと?」
「なんだ。訓練がそんなに嫌か」
「そういうわけじゃないけど…」
「ふぅん?」
「ホ、ホントだよ?」
「誰も嘘だとは言ってないだろ」
「………」
「よかったね、ナナヤお姉ちゃん。怒られなくて」
「すっごく怒られた気分だよ…」
ナナヤは大八車を端っこの方に止めて、手拭いで汗を拭う。
…もしかして、冷や汗だろうか。
「そういえばさ、お姉ちゃんは園芸はしたことあるの?」
「いや、全然」
「えぇ…。これだけ揃ってるのに…」
「オレはやってないけど、前は誰かしらやってたみたいだな。でも、前王になってから、そいつらもやる暇がなくなって」
「ふぅん。前王ってそんな悪かったの?」
「知らないか?」
「盗賊なんて、どんな王が就こうとも関係ないからね。まあ、悪政下では動きやすいのは動きやすいけど。そんなときは、どうせ警察もあってないようなものだからさ」
「盗賊らしい考え方だ」
「あ。あはは。今は盗賊じゃなかったね…」
「そうだな」
「ごめんね…」
「誰に謝ってるんだよ」
「えっ?えっと…誰だろ…」
「まあ、誰でもいいけどな」
「うん…」
誰でもない。
ナナヤ自身に謝ったんだろう。
ナナヤは、もう盗賊じゃないんだから。
「ねぇ、お水」
「ん?あぁ、そうだったな」
「水差しは…これかな?」
「そうだな。よし、水を汲みに行こう」
「うん」
各自ひとつずつ水差しを持って、選択場へ向かう。
なぜか伊織と蓮がついてきたけど、まあそれはいい。
望は、そのまま走っていった。
「でも、なんで望は花畑なんて作ろうとしてるのかな?」
「さあな。でも、花は見る者の心を落ち着ける効果が高いから」
「ふぅん」
「まあ、自分から何かをしようと一所懸命になることはいいことだ」
「うん。まあ、それはそうだね。私ですら、何をしたいのかよく分からないのに…。あ、戦闘班の仕事はちゃんとやるよ、もちろん」
「ちゃんとやってもらわないと困るけどな」
「うっ…。ごめんなさい…」
「まあ、でも、一番出来ていないのはオレかもしれないな」
「えっ?なんで?」
「衛士長らしい仕事なんてひとつもしてないじゃないか。土いじりは衛士長らしいか?」
「あはは。まあ、確かにそうかもしれないね」
「優秀な部下を持つと、オレの出番がなくなってしまうから困る」
「いいんじゃない?楽させてもらえるなら、それに甘えたらさ」
「それもひとつの考え方だ」
「仕事、したい?」
「少しくらいはな」
「じゃあ、何か見つけてくればいいんじゃない?下町とかでさ」
「オレは結構顔が割れてるからな。衛士長だ衛士長だって言って、どこも雇ってくれない」
「そんなことないよ。お姉ちゃんならさ、食堂で注文取ったり出来そうじゃない?」
「こんな無愛想な店員がいるかよ」
「あはは、自分で言ってりゃ世話ないね」
「お母さん、ナナヤお姉ちゃん!早く汲んできてよ!」
「あ、望…。ごめん…」
もう汲んできて戻ってきた望に怒られた。
そのまま望は、チョロチョロと少し水を溢しながら、花畑計画地へ戻っていく。
…さて、また怒られないうちに汲んできますか。
ナナヤも同じ考えのようだった。