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たくさん干されている白い服の間から、蒼い空を見る。
うん。
今日も大丈夫そうだな。
…望は後ろについてきてチラチラ見てくるばかりで、何も話そうとはしない。
風華も、望に頼まれたことをあっさり白状したし。
そのときに、直接言うようにとは言ったらしいが、どうもそれは恥ずかしいようだ。
その結果が、今のこの状況なんだろう。
「どうした、望?」
「うっ…」
小さく呻いて、どこかに走っていってしまった。
ふむ…。
やっぱり私から声を掛けるのはダメだな。
望から声を掛けてくるのを待たないと。
…望が城の陰に隠れて見えなくなった頃、洗濯物の向こう側から風華が顔を出した。
「どうだった、望は?」
「ダメだな」
「もう赦してあげたら?望が可哀想だよ」
「赦すも何も、望は別に悪いことはしてないじゃないか」
「望、姉ちゃんが怒ってると思ってるんだよ。自分から言わなかったから」
「それなら尚更、望から声を掛けてくるべきだろう」
「そういうのね、意地悪って言うんだよ」
「何が意地悪なんだよ。じゃあ、怒ってないから一緒に土いじりをしようと、オレから声を掛けるのか?そんなのおかしいだろ。望がオレに頼みたいなら、望から声を掛けるべきだと言ってるんだ。オレが何か間違っているなら教えてくれ」
「間違ってないだろうけど…。でも、怒ってると思ってる人に声は掛けにくいでしょ?」
「その原因を作ったのは望自身だ。自分で克服してくるべきだろう」
「むぅ…」
風華は眉間に皺を寄せて黙り込む。
…間違ってはいないと思う。
でも確かに、可哀想だとも思う。
それでも、望はこれを乗り越えてくるべきだと思うから、私からは声は掛けない。
「はぁ…。じゃあ、今からはどうするの?」
「どうしようかな。ツカサは市場に行ってるし」
「ナナヤは?」
「ナナヤは知らない」
「えぇ…。門番さんには聞いたの?」
「ナナヤは外には出てないらしい。あくまで、門を通って外に出てないというだけだが」
「そんな、わざわざ城壁をよじ登ってまで出ないでしょ」
「桐華ならやるけどな。水路を使ったり」
「水路?水路なんてあるの?」
「ああ。堀に繋がってる」
「ふぅん…。でもまあ、普通は門を通るでしょ」
「桐華は普通じゃないからな」
「今は桐華さんの話じゃないでしょ…」
「ナナヤも城壁や水路から出ないとも限らないだろう」
「だから、限りなく低い可能性を考えても仕方ないでしょって」
「そうだな」
「もう…」
「それで、ナナヤの居場所だけど」
「どこだろうね。私も聞いてないよ。だから、聞いてるんだけど」
「ふぅん…」
「まあ、その辺にいるんじゃない?洗濯にはいなかったけど…」
「いなかったな」
「はぁ…。何してるのかな、洗濯に出ない人は」
「寝坊してるか、何か別の用事をしてるか、洗濯をしたくないかだな」
「自分たちのものなのに…」
「手伝わせたいなら、オレから言ってやるけど」
「そうだね…。頼んどくよ」
「ああ」
大した理由もなく洗濯に出ないやつなんて、数えるほどしかいないけどな。
まあ、また会ったら話を付けておくとしよう。
…それより、さっきから向こうの方でチラチラと見える望だ。
長い間ウロウロとしてるものだから、香具夜に声を掛けられたりしてる。
「お前はオレから離れた方がいいな」
「えっ?なんで?」
「さっきから、望が向こうでウロウロしてて、こっちに来ないんだ。風華がオレを説得してるんだと思えば、こっちにも近寄ってこないんだろう」
「望、耳がいいから、今の会話も聞いてたりして」
「さあ、どうかな。まあ、聞いてたとしても、桐華の話あたりからだろ」
「だから、ナナヤの話だって」
「どっちでもいいじゃないか」
「よくないよ」
「…とにかくだ。話は一旦やめにしよう」
「うん、分かった」
風華は軽く手を振ると、広場の方に向かって歩いていった。
…医療室にはいかないのかな。
まあ、なんでもいいけど。
望は、風華がどこかに行ったのを確認すると、ゆっくりとこちらに歩いてきて。
それから、私の前で止まる。
「あの…。あのね…」
「なんだ」
「怒ってる…?」
「なんで、そう思うんだ」
「お姉ちゃんに頼んだから…」
「何を」
「えっと…。えっと…」
「どうしたんだ。言いにくいことなのか?」
「うぅ…」
望は、頬を赤く染める。
…恥ずかしいんだろうか。
まあ、頼み事というのは、なかなかしにくいものかもしれないが…。
「あのね、あのね…。望、お母さんと一緒に、広場に、お花畑を作りたいの…。だからね、お母さんにも、いろいろ、手伝ってほしいなって…」
「そうか」
「なんかね、ちょっと恥ずかしいから、お姉ちゃんに、お母さんに言ってって、頼んだの…」
「ふぅん」
「お姉ちゃんはね、お母さんに直接言いなさいって言ってたんだけど…」
「よく言ってきたな」
「やっぱりね、直接言わないとダメかなって思ったから…」
「そうか」
「うぅ…。ごめんなさい…」
「いいって、そんなの。こうやって、ちゃんと言えたんだから」
「うぅ…うえぇ…」
緊張の糸が切れたんだろう。
望は、全部話し終わると泣き出してしまった。
涙を袖で拭いてやり、頭を撫でてやって。
それから、そっと抱き上げて、一旦城へと戻る。
広場のところから覗いていた風華にも、ちゃんと成功したと合図を送っておく。
風華はしっかりと頷いてくれて。
…よし。
望が落ち着き次第、土いじりを始めるか。