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最後の朝刊を郵便受けに入れて、また自転車を漕ぎ始める。

犬の散歩をしてる、いつものおばさんに挨拶をして。

ゴン太も元気よく挨拶を返してくれた。

良い天気だな。

抜けるような青空は、でも、手を伸ばせば届きそうで。

…今日は戻らなくてもいいかな。

いいよね。

交差点を左に曲がって。

長い坂道を、一気に駆け上がっていく。



…ん?

朝か。

布団の中で伸びをして、身体を起こす。

風華と望はもう起きてるのか。

横で寝ていた響の頬を引っ張って、変な顔を作ってみる。

…変な夢を見たな、そういえば。

何だろうか。

本当に、変な夢。


「んぅ…」

「ん?葛葉、どうした?厠か?」

「んー…」


葛葉は、眠たい目を擦りながら私のところへ来て、膝の上に座ってまた眠る。

…寝ぼけてるんだろうか。

静かな寝息を立てる葛葉の頭を撫でて、そっと布団に寝かせる。

…ふむ。

しかし、ジテンシャってのは何なんだろうか。

かなり速度の出る乗り物みたいだったけど…。

馬くらいかな?

少なくとも、普通に走るよりは速かったな。

でも、そもそも実在するものなのか?

私の夢の産物でしかないのかもしれない。

…まあ、夢のことなんて考えても仕方ない。

葛葉に服を握られてるし、まだ朝も早いみたいだから、もう一眠りしようかな。



神社はいつも通り静かだった。

自転車は鳥居の横に停めておいて、とりあえず、お参りをする。

…お賽銭はないけど。


「またタダ頼みか?」

「お金がないのよ。いいじゃない。タダで悩みを聞いてくれても」

「ふん。お前には悩みなどないだろうに」

「失礼ね。私にだって、悩みのひとつやふたつ、あるんだから」

「ほぅ。何だ。言ってみろ」

「お腹いっぱい、ごはんを食べたい」

「それは悩みではなく、成長期の娘の願望だ」

「う、五月蝿いなぁ。悪かったね、タダ頼みの悩みなしで」

「そうだな。悩みはどうでもいいが、次は賽銭を入れてくれよ」


そう言って、大欠伸をする。

それから、あっちへ行けという風に尻尾を振って。

…何か腹が立つから、頭を思いっきり叩いてから鳥居へ向かう。

もう一度後ろを見てみると、頭を振りながら何回も瞬きをしていた。

ふん。

いい気味だよ。

勢いをつけて自転車に乗って、また長い坂道を下っていく。



またあの夢か。

何なんだろうな。

よく分からない。

…さっき起きたときから、四半刻も経ってないみたいだった。

とりあえず、葛葉も手を離してくれたみたいだし、布団から抜け出す。

ごめんな、葛葉。

もう一度頭を撫でてやってから、部屋を出る。

それにしても、あの夢は本当に何なんだろうか。

いやに現実味を帯びていた。

それに、あのふてぶてしい狼。

考えられないくらい大きかったな。

しかし、あの狼を叩いた感触…。

夢…だったのか?

まさか、葛葉を叩いたりしてないだろうな?

ぐっすり寝てたし、それはないと思うけど…。


「あ、姉ちゃん」

「ん?風華か。おはよう」

「おはよ。何を考えてたの?」

「ちょっと…いや、かなり変な夢を見てな」

「ふぅん。どんな夢?」

「ジテンシャという乗り物に乗って、神社に行く夢だな」

「自転車?姉ちゃんって自転車持ってたっけ?」

「風華はジテンシャを知ってるのか?」

「知ってるけど」

「ジテンシャというのは何なんだ?」

「えっ?知らないの?最近、ルイカミナで流行ってる乗り物だよ。ちょっと前から考案はされてたんだけど、製品として出回ったのは最近なんだって」

「ふぅん。オレは流行には疎いからな」

「形はね、車輪がふたつ、縦に並んでて…」

「いや、それは夢で見た」

「…自転車を知らないのに、なんで自転車の夢を見るのよ」

「さあな。オレが聞きたいくらいだよ」

「変なの」

「変だって言っただろ」

「うん、まあ」


本当に何だったんだろうか。

そして、この台詞も今日何回目だろう。

…それに、夢に出てきた自分は、私ではなかった。

別の、誰か。

考えれば考えるほど、変な夢だ。


「ところでさ、姉ちゃん」

「なんだ」

「今日は暇?」

「ツカサとナナヤがいないなら、予定は何もないけど」

「そう」

「何なんだよ」

「いやさ、暇ならね、望を手伝ってあげたらどうかと思って」

「花畑か?でも、オレはあんまり土をいじるような性分じゃないしな…」

「いいじゃない。望、喜ぶよ?」

「オレは、市場の花屋にでも連れていって、世話の仕方やら何やらを教えてもらったらどうかと思ってたんだが」

「いいんじゃない?それも。でも、姉ちゃんが手伝ってあげるのが一番いいと思うよ」

「…なんで、そんなに推すんだよ」

「えっ?」

「なんで、そんなに望の手伝いをさせようとするんだって言ってるんだ」

「いいじゃない。暇なんでしょ?」

「答えになってないぞ」

「もう…。なんでもいいじゃない…」

「ふぅん…。いいじゃないばっかりだな」

「う、五月蝿いなぁ…。別にいいじゃない…」

「ほら、また言った」

「もう…」


もしかすると、望に頼まれたんだろうか。

まあ、なんにせよ、望の手伝いをするのは嫌ではない。

むしろ、嬉しいくらいだ。

でも、それは望から直接頼まれてからだな。

風華にそう言うように頼んだのなら尚更。


「そういえば、望は?」

「昨日蒔いた種の芽が出てないか見にいったよ。いくらなんでも、一日ではさすがに無理だって言ったんだけどね」

「そうか」

「うん。まあ、セトたちにも挨拶してくるって言ってたし」

「じゃあ、今頃は伊織と蓮のところかな」

「どうだろうね。あの子たち、朝は結構遅いから」

「望が来たら、さすがに起きるだろう。…まあ、調理班のやつらがまた寝坊してるのは間違いないだろうけどな」

「大丈夫だよ。今日は灯だから。美希、絶対に起こすって言ってたし」

「そうか。それなら安心だな」


早くに起こされて、不満そうな顔をしている灯が容易に想像出来た。

まあ、朝ごはんがちゃんとした時間に食べられるなら、灯に恨み言を言われようと構わない。

正しいのはこっちなんだから、恨み言を言われる筋合いはないんだけど。

…とりあえず、厨房に向かうことにする。

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