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朱色の墨で、いろいろと書き足していく。

ある程度終わると、また灯の方を向いて。


「まず、ここですが。ちゃんと止められていません。これだと、払いです。次にここ。払ったのはいいですが、払い切らないうちに次の画へ向かっています。あと、この部分ですが、半分ほど半紙からはみ出ています。勢いがあるのはいいことですが、ちゃんと紙の中に収めることも大切です。それと、全体的に見るとこの字は頭でっかちになってしまっています。紙が広く使える間はのびのびと書いていたけど、あとになって書く場所がなくなってしまい、尻すぼみになったような印象を受けます。最初に字をどう書くかをよく考えてから、その想像した字をなぞるように書いていってください。最後になりましたが、名前が書かれていないですね。これでは、誰の作品か分かりません。次は、今言ったことをしっかり念頭に置いて、これよりも良い字になるように目指して書いてください」

「はぁい…」

「いろいろ言われたな」

「う、五月蝿いなぁ…。どうせ私は字が下手ですよ…」

「そんなことないですよ。灯さんは少しせっかちなんでしょう。もう少し落ち着いて書けば、きっと綺麗な字が書けますよ」

「そ、そうですか?」

「はい。では、次の成長を願って、この字は二重丸ですね」


そう言いながら、余白の隅に"よくがんばりました"の判子を押す。

灯は、半紙を返してもらって、今言われたことを何度も繰り返しながら席へ戻っていく。

そして、正一はまた四つに切った半紙に書き付ける。


「灯さん。二枚目。永。止めと払い。全体の構図。名前。よくがんばりました」

「書き付けているんですよ。みんなの成長を。それで、溜まってきたらまた返すんです。そしたら、自分の成長してる様子がよく分かるでしょ?」

「なるほどな」

「最初、みんなに必ず言うんです。みんなが書いた字は全部みんなの作品だから、ずっと残しておきなさいって。そしたら、この書き付けと照らし合わせることも出来ますしね」

「ふぅん…。よく考えているんだな」

「ありがとうございます」

「先生、これ見て」

「どれどれ」


次は祐輔だった。

私の方を見てニッコリ笑ってから、正一の隣に座る。

正一は短い指示棒を取り出して、祐輔の字を吟味していく。


「うん。かなり上達してきたね」

「先生、いつもそればっかり」

「ははは。本当のことだから」

「そ、そうかな…」

「うん」

「えへへ…」

「それで、ここだけど、ちょっと角度が足りないかな。さっきは狭すぎたから、ここを意識して書いたんだね」

「うん」

「でも、ちょっと意識しすぎたみたいだ。もう少し、力を抜いて書いてみようか」

「はぁい」

「あと、名前。輔の字の最後の点が抜けてるから、注意して」

「はぁい…」

「よし。じゃあ、これは花丸だな」


"たいへんよくできました"の判子を、輔の点を補うように押す。

祐輔は半紙を受け取ると、席へ戻っていった。

その間に、また素早く今のことを書き付けて。

…確かに、綺麗な字だったな。

習字の才能があるんだろう。


「朱墨は使わないんだな」

「んー、そうですね。綺麗な字を書くよりも、のびのびと書かせてあげたいんです。祐輔くんは、のびのびと綺麗な字を書いてくれますけどね。習字は字を美しく書くためにやるものだという考えの人もいますが、僕は楽しく字を書くのが習字の本質だと考えていますので。ただ、灯さんのように、綺麗な字を書きたいという人には、きちんと朱を入れさせてもらってます」

「ちゃんとした考えを持ってるんだな」

「畏れ入ります。…ところで、紅葉さんも書きませんか?」

「いや、いいよ。免許皆伝だし」

「本当ですか?」

「…冗談だけど。まあ、また今度な」

「そうですか。ではまた、師範のお手並みを拝見させていただくことにしましょう」

「お楽しみに」


正一はクスクスと笑う。

そして、書き付け用の半紙に"紅葉師範"と書いて、みんなの書き付けの上に丁寧に重ねて。

…今度から、こいつに冗談を言うときには細心の注意を払おう。



片付けも終わって、またみんなは外へ遊びに行った。

お堂には正一と灯と私だけが残っていて。

正一は、自分の習字道具を片付けている。


「灯さんは、走り書きのような字を書きますねぇ。お料理なんかをなされるんですか?」

「はい。料理の途中で、いろいろ書いたりしてて…」

「なるほど。それが癖になってしまってるんですね」

「そうなんですか…」

「料理をしてるなんて、なんで分かったんだ?」

「走り書きというのは、何か急いでいるときにするものです。走り書きが癖になっているということは、それを日常的にやっているということですよね。日常やっていることで、急いで書かなければいけない状況を考えてみると、料理がまず思い浮かびました」

「ほぅ。意外に論理的なんだな」

「そうですか?まあ、一番の決め手は、この覚書が落ちてたからなんですが」


そう言いながら、横に置いてあった紙を裏返す。

そこには、灯が今日買うべきものが書いてあって。


「あっ!い、いつの間に…」

「先程、みんなで筆と硯を洗いに行ったときに、灯さんの座っていた場所に落ちていました」

「あ、ありがとうございます…」

「まったく…。そういうものは財布に入れておけと、いつも言ってるだろ」

「財布を落としたらどうするのよ」

「落としたことあるのか?」

「ないけど」

「じゃあ、大丈夫だ」

「大丈夫じゃないよ…」

「ふふふ。まあ、いいじゃないですか。今回は見つかったんですし」

「そういう問題じゃないと思うけどな」

「そうですか?」


正一は硯を箱に仕舞って、蓋を閉める。

それから、書き付けを整理し始めて。


「そういえば、祐輔はいつから来てたんだ?」

「いつからでしたかね。でも、欠かさず来てくれていますよ」

「ふぅん…」

「ついて行きたいって言ってたのは、習字に来るためだったのかな」

「それはどうでしょうね」

「えっ?」

「普段から祐輔一人だけでも来てたなら、今日も一人で来れたはず…ということか?」

「はい。紅葉さんと灯さんと一緒に来たのは、また別の理由があるのかもしれませんね」

「ふぅん…。何だろ…」

「さあな」


それは、祐輔に聞いてみないと分からないだろうが。

何なのかな。

また祐輔に聞けたらいいんだけど…。

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