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「ねぇねぇ、どこ行くの?」

「お腹空いた~」

「じゃあ、先にごはんを食べに行こうか」

「うん!」

「あ!こら、葛葉!走らないの!」


チビたちを一斉に管理するのは無理な相談で。

あっちに行ったりこっちに行ったりするのを、目で追うのがやっと。

唯一大人しくしているのが、私と手を繋いでいる光。

両手にあるたくさんの店には興味があるけど、近付いて見てみる勇気はない、といったかんじか。

反して望と響は、店を片っ端から覗いていき、ときたま戦利品を持ってくるときがある。

葛葉は中間みたいなもので、少し遠目から望たちのことを観察する風に見ている。

まあ、みんなそれなりについてきてはいるので、心配することもあまりないんだけど。


「望、あれ食べたい~!」

「昼ごはんを食べてからにしなさい」

「うぅ~…。ねぇ、お母さん!」

「風華の言う通りだ。ごはん食べたら買ってやるから」

「ホント?」

「ああ。ホントだ」

「じゃあ、早く食べに行こ!」

「ほら、そこの店だから。先に行け」

「うん!」


この前の食堂に駆け込む。

そして、私たちも入る。


「いらっしゃい!ご注文はお決まりですかぃ?」

「今来たばっかりだろ」

「そりゃそうだな。まあ、ゆっくり決めてくれ」

「ああ」

「えっとね、望はねぇ」

「むぅ…なんて書いてあるのか分かんない…」

「お、し、な、が、き」

「葛葉…それは違うよ…」

「今日はえらく賑やかだな。衛士長さん」

「ああ。うちの娘たちだ」

「ほぅ。衛士長さんは子持ちだったのか」

「正確には、オレの子じゃないんだけど」

「衛士長さんは結婚はしてるのかぃ?」

「いや」

「えぇ~、嘘だよ~」

「な、何を!」

「へぇ、そうなのかぃ。んで、チビたちは何にするんだぃ?」

「えっとね…これ、何?」

「それは、油揚げの入った蕎麦だ。きつねそばって言うんだけど…」

「あぶらげ!葛葉、それ!」

「はいよ。一番ちっこいのがきつねそばだね。じゃあ、他は?」

「わたしは、これ」

「鯖煮込み定食?また渋い趣味してるねぇ。じゃあ、そっちの黒い龍のチビは?」

「わたしはね~、えっと…」

「望はこれ!」

「本日のお薦め定食だね」

「わたしはね、これがいいな」

「はいよ。親子丼定食!お姉さん方は?」

「私は、きつねそば」

「お薦め」

「きつねがふたつ、お薦めもふたつ、鯖煮込みと親子丼がひとつずつだね」

「はい」

「じゃあ、ちょいと待っててくれよ!」

「おやっさん、こっちもな~」

「チビたちを待たせるわけにはいかんだろうが!考えろ!このバカ!」

「うぅ…結局また最後かよ…」


ぐったりと突っ伏す衛士たち。

この前来たときにも、似たような光景を見た気がする。

…おやっさんの人徳だろうな。

文句を言いながらも、こうやって通う人たちがいる、ということは。



半分くらい食べ終わって、衛士たちにもようやく注文の品が出るといったとき。


「隊長!ここにいたんですか!」

「ん?どうした」

「ちょっと来てください!」

「あぁ、待ってくれ。お代、ここに置いておくから、釣りは風華に渡してくれ!」

「あいよ!」

「じゃあ、ちょっと行ってくるよ。望、その残り、食べておいてくれ」

「いってらっしゃい」「分かった~」


軽く手を振って、食堂を出る。


「で、どうしたんだ。香具夜」

「火事現場に来てください!」

「何かあったのか?」

「見てもらった方が早いです!」


と言って、すぐに駆け出す。

私もあとを追い、火事現場へと急行する。


「どうした」

「あ、隊長!お疲れ様です!」

「そんなことはいい。何があったんだ?」

「はい。こちらに」

「ん?」


野次馬を掻き分けて、その中心へと向かう。

なんのことはない。

ただの火事現場だった。

ただひとつの因子を除いては。

炭と灰の上に座る女の子…。


「誰だ…?」

「それが…分からないんです…」

「聞かなかったのか?」

「き、聞けませんよ…怖くて…」

「はぁ…呆れたやつだな…」

「そ、そうでもなきゃ、隊長なんて呼びませんよ…」

「………」

「あっ!す、すみません!」

「まあいい。ちょっと聞いてくるよ」

「はい…お願いします…」


黒と白の絨毯を踏みしめながら、女の子に近付く。


「おい、お前。どこから来たんだ?」

「………」


なんとも無機質な目をこちらにゆっくりと向ける。


「………」

「大丈夫か?」

「…目標、確認しました」

「はぁ?」

「ただいまより、排除行動を開始いたします」

「……!」


無機質な声と共に発せられる殺気。


「離れろ!」

「はっ!」

「な、なんだ…寒気が…」


衛士たちはもちろん、野次馬でさえも感じ取れるほどの大量の殺気…。

こいつは…誰なんだ…。


「………」

「……!」


どこからともなく、何本もの刀が飛び出してくる。


「くっ…なんなんだ…」

「………」

「はぁっ!」


また飛んできた刀の一本を掴み、大きく跳躍。

そのまま女の子の後ろをとり、後頭部を柄で殴る。


(痛い…)

「な、なんだ!?」

「………」

「うわっ!」


一瞬の躊躇が命取りだった。

香具夜が助けてくれていなかったら串刺しだっただろう。

でも、あの声は何…?

さっきの無機質な声とは違う…生の声…。


「はは…。しかし、伝令には惜しい腕だな…」

「隊長!しっかりしてください!」

「分かってる」

「慎重に行きましょう」

「ああ」


左右に分かれる。

さて、どっちを狙うのか…。

あるいは、どっちも?


「………」

「ふんっ!」


全て、私狙いか…。

香具夜に目で合図を送る。


「………」

「はぁっ!」


また、全て私狙い。

刀を射出し終えた隙を突いて、香具夜が女の子を取り押さえる。


「公務執行妨害で現行犯逮捕します!」

「そら、手錠だ」

「ありがと」

「…排除、失敗」


まったく…排除だとか失敗だとか、何を言ってるんだ…。

散々暴れやがって…。

いや…暴れたというより、刀を飛ばしまくった…?

…まあ、そんなことはどうでもいい。


「さ、お城まで連行するからね!」

「あぁ、オレが行くよ」

「え?あ、はい。隊長、よろしくお願いします」

「そら!野次馬も散った散った!」

「うぇへ~。最強と謳われる銀狼さまの戦いをこの目で拝めるとは思わなかったぜ」

「しかも、二人だ!」

「来て良かった~」

「もう!危ないところにはもう来ないでください!」

「「「は~い」」」


…本当に分かってるんだろうか。

それにしても、香具夜に取り押さえられてから、急に大人しくなったな…。

誰なんだ?


「おい、お前。名前は」

「………」

「黙ってちゃ分からないだろ」

「…分かんない」

「え?」

「分かんないよ…何も…うっ…うぅ…」

「ちょっ!泣くなって!」

「あたし…何してたの…?怖い…怖いよ…」

「はぁ…困ったな…」


独り言のように呟いて、泣き出す女の子。

さて…こういうときは…。



みんなはまだ食堂にいた。

…腹を満たせば心も満ちる。

我ながら、完璧な理論だな。


「あぁ~!それ、わたしが貰うの!」

「望に食べておいてって言ってたんだから、全部望のものだもん!」

「お母さん、あぶらげ、ちょうだい?」

「はい、どうぞ。あと、望、響。喧嘩しないの。半分こずつすればいいでしょ?」

「うぅ…半分…」

「嫌ならオレが貰うぞ」

「お母さん!」「お帰り」

「ただいま」

「その子、誰?」

「火事現場で保護した」

「手錠、かかってるみたいだけど」

「大丈夫だ。それに、オレがいる」

「…どういう意味かは分からないけど」

「おっ!そっちの子は何にします?」

「え…あの…」

「適当に」

「あいよ!」

「ほら、そこに座って」

「………」


言われるがままに座る女の子。


「お名前は?」

「分からないんだと」

「分からない?記憶喪失か何かかな…」

「きおくそーしつ」

「そうそう。記憶喪失。思い出が消えちゃうんだ」

「思い出、消えるの?」

「うん。一時的だったり、ずっと戻らなかったりするんだけど…」

「思い出が消えるの…や…」

「大丈夫だよ。葛葉」

「お母さぁん…」


すすり泣く葛葉をギュッと抱き締める風華。

そして、それをジッと見守る謎の女の子。


「はいよ!きつねうどん、あがり!」

「あ…」

「へへ、近くで見ても、やっぱり美人さんだねぇ。おやっさん、お嫁に貰っちゃおうかな」

「え…あの…」

「そんなこと言ってると、また涼さんに絞められますよ」

「おっと、危ねぇ。ま、ゆっくりしてくれ。衛士長さん」

「ああ。ありがとう」


お嫁に貰う、という言葉に反応して頬を赤らめるあたり、感情はあるようだな。

最初とは全く違う…。

最初は…本当に人形みたいな…。


「う…むぅ…」

「あぁ、ごめんごめん」


食べにくそうだったので、手錠を外してやる。


「ね、姉ちゃん!?」

「大丈夫だ」

「…ありがとうございます」

「敬語なんて使わなくてもいい」

「で、でも…」

「………」

「わ、分かりました…」

「そら。言ってるしりから敬語になってる」

「す、すみません…」

「はぁ…」


しばらく、敬語は直りそうもないな。

でも、本当に誰なんだろう?

名前も分からない。

何も分からないとなると…。

誰なんでしょうか?

気になります。たぶん。

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