259
赤目の横に八色目を置いて。
あたりを見回してみると、いくつか新しい墓標もあった。
「ボクに叩かせて!」
「叩けよ。割るんじゃないぞ」
「分かってるって」
と言いながらも、かなり大きく振りかぶって。
何か嫌な予感しかしないので、とりあえず腕を掴んで止める。
「何するのさ」
「振りかぶりすぎだ。いくら木槌でも、それだけ振りかぶれば割れるぞ」
「むぅ…」
「まったく…」
桐華から木槌を取って、一個叩いてみせる。
軽く叩いただけでも充分で、綺麗に光り始めて。
「これくらいで充分なんだよ。なんで、あんなに振りかぶるんだ」
「だって、一回で光らなかったらイヤじゃない」
「加減というものがあるだろ。しかも、割らないようにって注意してるのに…」
「次は上手くやるから返して!」
「ちゃんとやれよ」
「うん」
今度は少し控えめに。
眉間に皺を寄せてるあたり、何かおかしいとは思ったものの、しばらく様子を見てみる。
「とりゃあ!」
掛け声と共に木槌を勢いよく降り下ろす。
そして予想に違わず、木槌は藍目をかすって横の地面に打ち付けられた。
「だから、なんでそんなに気張るんだよ。普通に叩けないのか」
「だ、だって…」
「はぁ…。次、変なことをしたら、オレが全部やるからな」
「うぅ…。分かったよ…」
「よし。じゃあ、やってみろ」
「う、うん…」
だから、なんでそんな緊張した面持ちなんだ。
ただ叩くだけなのに…。
「よ、よし…」
「………」
木槌を上げて。
確認するように、こちらを見る。
…いいから、早くやれよ。
何回こっちを見るんだ。
「たぁっ!」
そして意を決して振り下ろした木槌は、掛け声の大きさに反して、なよなよとしたもので。
結局、光らなかった。
「ほらぁ!」
「ほらじゃないだろ。お前は極端すぎるんだよ。なんで、地面にめり込むくらい強かったと思ったら、次は蚊も殺せないくらい弱いんだ」
「そんなこと言っても…」
「まったく…。これくらいの力だ」
桐華の手を握って、木槌を振り下ろしてみる。
軽い音がして、藍目が光りだした。
「おぉ、光った」
「光るものなんだから、そりゃ光るだろ。ほら、お前、やってみろ」
「うん」
私の八色目を取ると、さっきのは何だったのかと思うくらい、すんなりと叩いて。
また軽い音がして、赤色に光り始める。
「なぁんだ。赤色だったね」
「ちょうどいいじゃないか。母さん、赤色が好きだったし」
「よ~し。ボクは白色を目指して」
「目指すも何も、もう色は決まってるんじゃないか?」
「夢のないこと言わないの!」
そう言いながら、コツンと叩く。
すると、八色目は淡く緑に光りだす。
「なぁんだ。緑色かぁ…」
「いいじゃないか。何色でも」
「白色があるなら、それを見たいじゃない。珍しいっていうなら尚更」
「珍しいものを簡単に見られると思うなよ」
「そりゃ、そんなことは思ってないけどさ。でも、見たいじゃない」
「そうでもないけど…」
「なんだ。紅葉って夢がないんだね」
「悪かったな」
「うん。悪い悪い」
神妙に頷く桐華。
…そりゃ、期待しないわけじゃないけどさ。
「あれ?ねぇ、ちょっと見て」
「なんだ」
「さっき、緑だったよね」
「ああ」
「ほら。橙になってる」
「そうだな」
「なんで?なんで?」
「まあ、しばらく待ってみたらいいんじゃないか?」
「う、うん…」
淡い色だとは思っていたが、そういうことだったのか?
まあとにかく、しばらく様子を見ることにする。
色は少しずつ変化していって、次は紫色に、次は赤色に。
それに合わせて、桐華の表情も刻々と変化していってる。
…こっちの方が面白いかもしれない。
「あ、あれ?色が消えたよ?」
「じゃあ、それで終わりなんじゃないのか?」
「えぇ…」
「さっさと済ませて帰るぞ」
「えっ、もうちょっと待ってよ!」
「…気になるなら持って帰ればいいじゃないか」
「そんなのダメだよ。墓標は、ボクたちがここに来たって証なんだから」
「お前、大雑把なくせに細かいことを気にするんだな」
「全然細かくないよ!大切なことだよ!」
「でも、それを言うなら、藍目もあるんだし別にいいだろ」
「よくない!」
「耳元で叫ぶな…」
「変化があるまで、ずっとここにいる」
「はぁ…。分かったから、やることはやっておこうか」
「うん」
桐華は頷いて。
そして、藍目と光らなくなった八色目を目の前に置いて、目を瞑る。
私も同じようにして。
…お母さん、みんな。
ごめん、なかなか来れなくて。
こっちは元気にしてるから、心配しなくていいよ。
まあ、これからは、ちょくちょく顔を出すことにする。
たぶん。
忘れてたら、報せてくれたらいいから。
そのときはまた、誰かと一緒に来るからさ。
「もういい?」
「ああ」
「じゃあ、いっせーのでいくよ?」
「合わせる必要はないじゃないか…」
「いいの。じゃあ、いっせーの!」
赤目を取って、花畑の真ん中に向かって投げる。
示し合わせたわけではないけど、桐華の投げた藍目と当たって高い音を響かせて。
「もうひとつもいくよ。いっせーの!」
次もまた、桐華のと当たった。
…これでよし、と。
「あ、見て!」
「ん?」
桐華の八色目がぼんやりと光り始めて。
徐々に強くなっていく。
「わっ、ほら!」
「見てるって」
桐華の八色目は、強く白く光る。
なぜだか分からないが、とても懐かしいかんじがした。
…なんでだろうな。
温かい、光だった。