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「荷物はもうまとめたのか?」
「もともと、まとめるほどなかったからな」
「そうか」
「………」
「どうした?」
「いや…。お世話になったのに、何もお返しが出来なくて…」
「いいよ、そんなの」
「でも…」
「じゃあ、そうだな。お前たちが向こうで元気に生活して、いつかサンを迎えに来てくれたらそれでいいよ。サンもきっと待ってるから」
「…うん」
「しっかり、頑張れよ」
「…分かってる」
ユタナはしっかりと頷いてみせてくれて。
…うん。
サンと一緒に待ってるからな。
「ところで、だ。アルはどうした。もう向こうに行ってるのか?」
「いや…。朝のうちには挨拶に来るとは言ってたけど…」
「あ、いたいた。姉ちゃん」
「なんだ、風華。今日は遅かったな」
「うん。ちょっと話し込んじゃってさ」
「美希と、か?」
「美希と、あとは…あれ?いない…。サンのお兄ちゃんだって人がいたんだけど…」
「あそこにいるけど」
「あ、あれ?おーい、こっちだよ!」
城の出入口あたりでキョロキョロ周りを見回していたアルが、呼ばれたのに気付いて小走りで向かってくる。
…この距離で見失うとは、どこに注意を向けていたんだろうか。
「すみません…」
「どこを見てたの?」
「いえ…。太陽の出ている間に来たのは初めてで…。綺麗なお城だと見とれていたら、風華さんを見失ったんです…」
「もう…」
「す、すみません…」
「なんだ、案外腰が低いんだな」
「そういう兄だ」
「ははは。大変だろう。こんなキツい妹を持つと」
「はい、まあ…」
「言われてるよ、ユタナ」
「言わせておけばいい」
ユタナは、わざとらしく眉間に皺を寄せて。
まあ、結構慣れっこなんだろう。
アルはもう一度頭を下げて。
「…早速、本題に入らせていただきますが。この度はサンとユタナがお世話になって、ありがとうございました。話し合いをした結果、サンはまたこちらで預かっていただくことになり、申し訳ないのですが、どうかよろしくお願いいたします」
「ああ。分かってる」
「すみません…。私たちが力不足なばかりに…」
「力不足を悔やむ暇があるなら、力を付ける努力をするんだな。サンの世話をするのは、むしろ私たちにとっては歓迎してもいいくらいのことだ。それから、お前たちがまたサンに会いにくるのを待つのも同じく。だから、今はとにかく、目標に向かって、ひたすら走り続けろ」
「はい…」
「声が小さいんじゃないかな」
「は、はい!」
風華に言われて、今度ははっきりと。
ユタナの方を見ると、もう一度しっかりと頷いてみせてくれて。
うん。
これでいい。
頑張ってくれよ。
ユタナとアルヴィン、それと、ルウェとヤーリェが帰っていくのを見送ってから。
さっきの赤目と八色目を持って、裏の墓へと向かう。
…お母さんが死んでから、もう長い間通ってなかった道を。
そんなに長いわけでもないけど、ゆっくりと時間を掛けて歩いていく。
「久しぶりだなぁ。この道を歩くのも」
「ひゃぁ!?」
「もう…。ビックリしすぎだって」
「桐華…。なんでここにいるんだよ…」
「いいじゃない。どこにいたって」
「なんだ、オレを尾行してきたのか?」
「むぅ…。そんな趣味はないよ」
「じゃあ、何なんだ」
「ボクもお墓参りだよ。ほら、墓標」
そう言って、懐から藍目と八色目を取り出す。
そして、自慢気に私の目の前にかざしてみせて。
…分かったから。
桐華の頭を小突いておく。
「何するのさぁ…」
「虫を捕まえた子供みたいなことはしなくてよろしい」
「むぅ…」
「しかし、なんでお前が墓参りなんか?」
「失礼だなぁ。ボクだって、お墓参りくらいするよ。遙にお小遣いも貰ったし」
「なんだ、最後の一言は」
「えっ?遙がさっき、お釣りはあげるから、墓標を買ってお墓参りに行きなさいって。五千円もくれたんだよ」
「はぁ…。少しでもお前に期待するのは、やっぱり体力と精神の無駄だな…」
「何よ、それ。ボクが穀潰しみたいな言い方だね」
「穀潰しなんて難しい言葉をよく知ってたな」
「それくらい知ってるよ!」
「ほぅ、意外だ」
「もう!」
桐華は頬を膨らませてみせる。
…やっぱり、そういうところは子供だな。
まあ、いつまでも子供っぽいのは困るけど、子供の心を失わないのはなかなか難しいことだ。
困ったことである反面、少し羨ましくも思う。
「でも、ホント久しぶり。紅葉と一緒にお墓参りに行くなんて」
「そうだな。母さんが死んでから、ずっと行ってなかったし」
「そうだよ。紅葉が来なくて、みんな寂しがってるよ」
「どうだろな。すっかり忘れてるかもしれない」
「紅葉を忘れるときは、きっと記憶喪失のときだね」
「なんだよ、それは」
「そのままの意味だよ。紅葉ほど印象深い人もいないと思う」
「オレは、お前の方がよっぽど濃いと思うけどな」
「あはは。ボクの場合、手間が掛かるからでしょ?」
「自覚してたのか?」
「何を?」
「いや…」
「まあとにかく、紅葉は存在感があるっていうかね、貫禄があるんだよ。隊長をやってると、やっぱり変わるのかな」
「お前だって団長じゃないか」
「ほとんど遙任せだからね。貫禄なんて付かないよ。ボクはいつまでも子供扱い。まあ、それでいいんだけどね。その方が楽だし、みんなが優しくしてくれるのも嬉しいし」
「………」
ときどき、桐華が分からなくなる。
さっきまで見せていた子供っぽい桐華はどこかに消えて。
今の桐華の横顔は、誰が見たとしても、思慮深い大人のもので。
「えへへ。難しいことはやっぱり無理だなぁ。遙に任せて正解。静かに縁側に座ってお茶を飲んでるのが、ボクには一番似合ってるんだよ」
「………」
「あれ?紅葉、どうしたの?鳩が三度豆を食べたみたいな顔して」
「いや…」
鳩が三度豆を食べた顔ってどんな顔だよ。
たぶん、普段の顔と変わらないと思うけど。
…でも、本当に、あの桐華は何なんだろうか。
私にも…分からない…。




