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市場に出向く。

まだ日は山の稜線の向こうだけど、慌ただしい空気が通りに溢れていて。

気さくに挨拶をする者もいれば、前に注意が行かずぶつかりかけて何度も謝る者もいる。

いつもとは違う、新鮮な雰囲気だな。

…少なくとも、私にとっては。


「よぅ、お二人さん。どこに行くんだい?」

「ちょっとな」

「ツカサ。衛士長と並んで歩くとは、随分偉くなったんだなぁ」

「………」

「ははは。冗談だ、冗談。今日もよろしくな」

「…ああ」


板金屋の店主は豪快にツカサの背中を叩く。

そのせいで、ツカサは少し咳き込んで。

それから簡単に別れを告げて、また市場を歩いていく。


「今日もここで働くんだな」

「…すまない。訓練に出られなくて」

「いいよ、別に。社会勉強だ」

「………」

「ナナヤはどうだ。ちゃんと働いてるのか?」

「まあな。真面目に働いてるよ」

「そうか。それならいい」

「………」


ツカサは、少し難しい顔をして俯く。

そして、また顔を上げてこちらを向く。


「…姉さんは、なんで怒らないんだ?」

「何をだ」

「訓練に出なかったり、衛士として働かなかったりしてることを…」

「怒るようなことじゃないからだ」

「でも、衛士になったのに…」

「衛士にだっていろいろある。戦闘班になったからといって、毎日戦に向けて訓練ばかりする必要はないだろ?」

「………」

「市中見回りの延長と考えればいい。社会奉仕も、立派な仕事だ。それでも不満か?」

「…衛士って、いったい何なんだ?」

「自分の思う方法で、この国を守っていく仕事だ」

「………」


またツカサは俯く。

…難しく考えすぎなんだ。

もっと楽に考えればいいのに。

でも、ツカサは生真面目だし、なかなか難しいのかもな。


「あ、ここだ」

「ん?そうか」

「すみません」

「はぁい。あぁ、ツカサくんじゃない。どうしたの?」

「姉さ…衛士長が、墓参りだから墓標が欲しいって」

「おはよう」

「おはよ。昨日、灯ちゃんと一緒に行かなかったの?」

「ちょっと、いろいろあってな」

「ふぅん。まあいいわ。墓標はそこにあるから。好きなのを持っていきなさい。お代は灯ちゃんに貰ってるからね」

「灯が?」

「うん。理由は教えてくれなかったけど。明日あたりに紅葉ちゃんが来るからって言って、いくらか置いていったのよ」

「ふぅん」

「ということで、どれでもいいから持っていって」

「ああ。分かった」


灯が、ねぇ。

灯に代金を渡してもらわなくても、ちゃんと自分で出すんだけど。

…まあ、出してくれるというなら出してもらおうか。

墓標が並ぶ棚を見ていく。


「今の流行りは、その辺にある八色目だよ。みんな、たくさん買っていって、お墓を綺麗に飾るんだって。どの色になるか分からないし」

「ふぅん…」

「七色目じゃないんですか?」

「まあね。でも、なんか最近、新しい色が見つかったんだって。白く光るやつが」

「へぇ…」

「全ての色を発色する石か」

「うん。まあ、そうなんだけどね」

「よし、これにするよ」

「赤目?いいの、それで?」

「ああ」

「そう。やっぱり、姉妹は似るのねぇ」

「灯も赤目だったのか?」

「うん。一葉さんが好きな色だからって」

「ああ。母さんは赤が好きだったな」

「そっかそっか~。やっぱり一葉さんの子供は一葉さんの子供だね~」

「どういうことだ」

「流行に流されて八色目を買うんじゃなくて、ちゃんと相手のことを考えて赤目を買うってのがね。一葉さんもそうだったから。あの人は何色が好きだ、この酒が好きだ、どのお菓子が好きだって。なんでも知ってたよ」

「知りたがりだったからな」

「そうだね。なんでも聞いてたね」

「あ、包まなくてもいいから」

「そう?まあ、すぐだしね」

「ああ」


取り出した包み紙を、また机の下に直して。

それから、赤目を直接私に渡す。


「それにしても、なんでお墓参りに行こうと思ったの?気持ちの整理がついた?」

「まあな。この前、灯に母さんの日記を見せてもらったんだ」

「ふぅん。日記?」

「ああ」

「好き嫌いをなくすってやつ?」

「そうだけど」

「あれねぇ。紅葉ちゃんと灯ちゃんの好き嫌いがなくなったから、何を書いたらいいかって相談されちゃってさ。そんなの知るかって突き返したんだけど」

「ふぅん。そんなことは書いてなかったな」

「書かないわよ、そんなこと。一葉さんの思考回路からして」

「まあ、そうかもな」


なんだかんだ言って、毎日書いてたらしいあの日記。

裏にそんな事情があるなんて知らなかったけど。

でもまあ、お母さんは楽天家だったし。

好き嫌いで書くことがなくなっても、適当にあしらわれても、前向きに。


「まあ、それが一葉さんの良いところであり、悪いところでもあったのよねぇ」

「ああ。普段がお気楽な分、悩みだしたら止まらなかったからな」

「そうそう。泣きながら私のところに来たりしてさ。紅葉ちゃんが熱中症で倒れたときとかにね。可愛かったなぁ」

「おいおい…」

「一葉さんって小柄だし、こう…抱き締めるにはちょうどよかったんだよね」

「そんな(よこしま)な考えだったのか」

「あはは、冗談冗談。でも、可愛かったのは事実」

「まったく…」


相変わらずだな。

衛士を辞めてからも全く変わらない。

この人は、昔からそうだった。


「あ、夜が明けます」

「えっ、もうそんな時間?」

「長話しすぎたな」

「もう…。一葉さんのせいだからね」

「母さんのせいにするな」

「一葉さんのせいよ」


わざと真面目な顔をしてみせるけど、やっぱり無理みたいで。

またニッコリと微笑むと、八色目を取ってきて私の手の平に乗せる。


「それ、オマケよ。綺麗に飾ってきてあげなさい」

「ありがとう」

「じゃあね」

「ああ。また」


そして、また市場へ戻っていく。

ツカサは、今の石材屋を手伝うみたいで。

目で合図を送ってきた。

…まあいいか。

二つの石を持って、城へと歩いていく。

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