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静かなものだった。
いつもの喧騒は遠く離れて。
たまにはいいかもしれないが、少し寂しいように思う。
「うら寂しいかんじがするな」
「そうだな」
「それにしても、元気なのに一日静養なんて、とんだ災難だったな」
「まあな。でも、薬師の言うことは聞いておく方が無難だ」
「ふぅん…」
「それで、身の振り方は決まったのか?」
「そうだな。アルとも何回か話したんだけど」
「どうするんだ?」
「…下町に孤児院があると聞いたから、行ってきたんだ。いきなり訪ねてきた私たちに対しても優しく接してくれる、いいところだった」
「ああ」
「そこに行こうかと思うんだ。アルと一緒に。アルも下町で働くと言ってたし」
「サンはどうするんだ?」
「サンは…ここにいさせてやってくれないか?」
「それはいいけど、理由を聞かせてもらおうか」
「今、サンに必要なのは、姉や兄ではなく、母親や父親だと思ったんだ。ここ数日、サンの様子を見ていてそう思った」
「そうか」
「それに、あの孤児院ならそんなに距離は離れていない。すぐに会いにいける」
「そうだな。でも、それなら、同じ場所に住んでもいいんじゃないか?」
「考える時間が欲しいんだ。贖罪の時間と…」
「………」
「私たちは、サンに謝っても謝りきれないことをした。サンは気にしていないと言うかもしれないが、私たちはそうは思えない。罪悪感がそうさせるのか、後悔がそうさせるのかは分からないけど…。私たちには、私たちの時間が必要なんだ…」
「サンを傷付けたのはお前たちだろうが、サンの傷を癒せるのもお前たちなんじゃないか?」
「…そうかもしれない。でも、今は…今は、サンと向き合うことが出来ないんだ。私も、アルも。だから、この選択をした。気持ちの整理がついたら、必ずサンと向かい合うから。だから、それまで一緒にいてやってくれないか?」
「いや。お前たちが帰ってくるまでじゃない。ずっと、一緒にいるよ。もちろん、お前たちに対しても同じだ。…待ってるからな」
「…うん」
ユタナは静かに頷くと、一口、お粥を食べる。
…私たちは家族じゃないか。
心配しなくても、ずっと一緒だよ。
「じゃあ、それで決まりだな」
「ああ。よろしく頼む」
「よく悩んだみたいだな」
「お陰さまで。…でも、安心したよ。もしかしたらダメだって言われるかもしれないって思ってたんだ。それが、ちょっと怖くて」
「ちゃんとした考えがあるなら、撥ね付けたりしないさ」
「うん、分かってるんだけどな」
また一口、お粥を食べる。
話し込んだせいで冷たくなっていたのか、少しかき混ぜて。
「いつ出るんだ?」
「お姉ちゃんに話して承諾を受けたら、すぐにでも出ようと思ってた。アルは、お礼を言っておきたいって言ってたけど」
「真夜中に来るのだけはやめてほしいと言っておいてくれ」
「分かってる」
「しかし、お前が出ていくとなると、少し寂しくなるな」
「ほんの何日かいただけじゃないか」
「そうだけどな。でも、誰かがこの城を出ていくのは寂しいものなんだよ」
「ふぅん…。でもまあ、すぐ近くにいるんだし」
「そうだな。寂しくなったら会いに行くよ」
「よく言うよ。そんな柄じゃないだろ?」
「まあ、そうかもな」
クスクスと笑いながら、ユタナはまた一口、お粥を食べる。
まあ、会いにいかなくても、会いにきてくれるだろうし。
その辺の心配はないな。
「あ、そうだ」
「えっ?」
「今日来てるヤーリェとルウェが、その孤児院の子なんだ。今日はここに泊まっていくらしいから、あとで会っておくといい」
「ああ、分かった」
「しかしお前は、話すのと食べるのを同時に出来ないんだな」
「行儀が悪いからな。それに、私はなかなか二つ以上のことを同時に出来ないんだ。どちらかに集中してしまって、どちらかが御座なりになってしまって」
「まあ、どれかひとつに集中する方がいいけどな。いくつものことを同時に完璧に出来る人なんていないし」
「ふぅん…」
適当に相槌を打ちながら、お粥を口に運ぶ。
本当に、二つ以上のことを同時に出来ないらしい。
ここまで御座なりになるのも珍しいな。
「そういえば、あの美希とかいう人だけど」
「ん?美希がどうした」
「サンを大切にしてくれてるんだな。葛葉とかいう子と一緒に」
「あれは甘やかしているって言うんだ」
「まあ…そうかもしれないな」
「美希は子供好きなんだが、金髪赤目には特に弱いらしい」
「はは、まさにあの二人だや」
「ああ。葛葉のために、毎日稲荷寿司やら何やらを作ったりして…」
「ふぅん。面白い人なんだな」
「まあな」
なんで金髪赤目に弱いのかは知らないけど。
でも、あそこまで入れ込むのには、何か執着のようなものも感じる。
いったい、何なんだろうな。
「ふふふ。金髪赤目か」
「お前も、甘やかしてもらえるかもな」
「また考えとくよ」
「ああ」
またクスクスと笑いながら、お粥をゆっくり食べていく。
私もそれに合わせてゆっくりと。
…二人だけの夕飯も、なかなか乙なものだな。
たまには、こういう時間を持ってもいいかもしれない。
たまには、な。
風呂にも入れず、一日中お世話になった布団にまた潜り込む。
ユタナも桜の部屋に帰っていったし、ルウェとヤーリェも私の部屋で寝ている。
今日は一人寂しく医療室で寝ることに。
「………」
みんなが来る前は、あの部屋に一人で寝てたのにな。
今また一人になってみると、なんとも言い様のない寂しさが込み上げてくる。
…一人というのは、こんなにも寂しいものだったのか?
「うーん…」
「ん?光か?」
「んー…」
「どうした」
行灯に火を入れる。
薄く照らされた部屋の入口あたりで、フラフラとしている光がいた。
「どうしたんだ」
「ふぁ…」
そのままこちらへ歩いてくると、布団の中に潜り込んできて。
私の服を掴んで、何やらムニャムニャと寝言のようなことを呟いている。
本当に、どうしたんだろうか。
「ん~…」
「光?」
「お母さんの、いい匂いがするの…」
「なんでここに来たんだ?」
「お母さんがね、朝、寂しそうにしてたから」
「そうか…」
「大丈夫だよ。わたしが、いるからね」
「ああ。ありがとう」
「えへへ」
光を抱き締めて、ゆっくりと頭を撫でる。
そのうちに、光は眠りに落ちていって。
…ありがとう。
光がいるから寂しくないよ。
みんながいるから、私は一人じゃないよ。