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昼ごはんも終わって、やっと縁からも解放された。
まあ、縁も普通に話してる分には問題ないんだけど…。
「ふぅん。大変だったねぇ、それは」
「お前が思ってる以上に大変なんだからな」
「まあ、いいんじゃない?縁さんも楽しんでるんだよ」
「そうだろうけど…」
「ねぇ、風華お姉ちゃん。これでいいの?」
「ん?あ、うん。もうちょっとかな」
「はぁい」
「マオは勉強熱心だな」
「えへへ。そんなことないよ。ツカサの方が、もっと一所懸命だし」
「ツカサねぇ。下町へ働きに行ってばかりで、全然訓練に出ようとしないけどな」
「そうなの?」
「姉ちゃんも、そっちの方が楽でいいんじゃないの?」
「いちおう戦闘班に所属してるんだから、訓練も受けてほしいんだけど」
「ツカサに言っておこっか?」
「いや、別にいいんだけどな」
「そう?」
「ああ。まあ、社会勉強と思えば」
「へぇ。じゃあ、私も社会勉強に行こうかな」
「その場合は、夜に勉強してもらうからね」
「えぇ~…。私も戦闘班に入ればよかったかな…」
「ははは。そうかもしれないな」
「二人して何言ってるのよ」
風華は眉をしかめて。
薬師への道も、なかなか厳しいみたいだな。
「お母さん」
「ん?どうしたの?」
「あそんで~」
「私は今は忙しいから、姉ちゃんに遊んでもらいなさい」
「むぅ…」
「ほら、葛葉。こっちに来い」
「うん!」
「葛葉、紅葉お姉ちゃんが好きなんだね」
「姉ちゃんは怒らないからね」
「そんなことないけどな」
「ねーねー、だっこして~」
「ああ。ほら、ここに座れ」
「ん~」
葛葉は、私の膝の上に座って。
…尻尾も九本あるし、さしがにくすぐったいな。
後ろから抱き締めてやると、満足そうにため息をつく。
「ルウェ、ねてる」
「そうだな、寝てるな」
「葛葉ね、サンとおなじなの」
「同じ?」
「うん。キンパツで、赤い目だから。美希がね、かわいいって」
「あいつは、お前たちの何に対しても可愛いって言うと思うけどな…」
「……?」
「そういえば、葛葉とサンって似てるよね。狐族と魔霊族なのに」
「まあ、そういうのもいるんじゃないか?あんまり他には見ないけど。…そういえば、ユタナから今後どうするか、まだ聞いてなかったな」
「いいんじゃない?焦らなくても。急がせるだけ、いい返事は出ないし」
「ああ。分かってる」
「ユタナがね、ギュ~ってしてくれたの。それでね、きれいなしっぽだって」
「そうだな。お前の尻尾は綺麗だな」
「えへへ」
「そうだ。鋤いてやろうか?櫛は持ってるか?」
「あ、私が持ってるよ。折ったりしたら大変だから」
風華は薬棚に向かって、引き出しのところから鼈甲の櫛を出してくる。
そして、もうひとつ、白い櫛も持ってきて。
「リクの櫛か」
「うん。よく分かったね」
「白い櫛なんて、色を塗ったものでないのなら、リクの櫛しかないからな。どうしたんだ?」
「この前、翔が弥生に何か贈り物をしたいから何を買ったらいいか教えてくれって、一緒に買いに行ったんだ。それで、ついでにそれを買ったんだけど」
「ふぅん。翔が弥生にねぇ」
風華から櫛を受け取り、葛葉の尻尾を鋤き始める。
相変わらず、通りのいい毛だな。
「あちこち連れ回して、そのお詫びと感謝の気持ちだってさ」
「まあ、兄妹の間にもそういったものは必要かもな」
「うん。そうだね」
「それで、何を買ったんだ?」
「それと同じ、リクの櫛だよ」
「ほぅ。結構高級品だぞ、これも」
「うん。でも、この前カシュラに行ったときの給料が出たからって」
「ふぅん。そういえば、あいつら、なかなか仕事が見つからないみたいだな」
「護衛は依頼料は高いけど、そうそうある仕事でもないから、他の旅団と儲けは変わらないんだって。カシュラのときは、あまり遠くなかったし、姉ちゃんと静香さんと佐之助さんもいたから人員も削減出来て、そんなに掛からなかったみたいだけど」
「ははは。あいつらの仕事を奪ってしまったか」
「そうだね。でも、帰りは馬車を一台追加したから、まだ少しは元が取れたみたいだよ」
「よく言うよ」
「えっ?どういうこと?」
「あいつらの仕事は護衛だけじゃないんだよ。タルニアのところほどではないけど行商もしてるし、あとは、お前も知ってるだろうが情報屋もしてる。護衛の仕事だけで考えれば、やっと採算が取れたくらいかもしれないけど、他の仕事も考えると、結構儲けたはずだぞ。それに、ここにいる間は食費以外はほとんど費用を食わないはずだし」
「食費は貰ってるの?」
「当たり前だろ。天照の本隊だけでも何人いるんと思ってるんだ」
「あぁ、そうだよね」
「でもまあ、何も仕事がないと、そのうちに払う食費もなくなるだろうけどな」
「うん。仕事、早く見つかるといいんだけど…」
「心配ないと思うぞ」
「そうかな」
「このくらいで経営が立ち行かなくなるなら、とっくの昔に消滅してるよ」
「でも、可能性がないわけじゃないし…」
「気になるなら聞いてくればいいじゃないか。いつ潰れるのかって」
「そ、そんな失礼なこと、聞けるわけないじゃない!」
「オレが聞いてやろうか?」
「い、いいよ、そんなの…」
「じゃあ、余計な心配なんてするな。大丈夫だ。ああいう輩は結構しぶといからな」
「ふぅん…」
あいつらの心配をするくらいなら、今日の夕飯の心配をした方が有意義だ。
まあ、そんなものだな、旅団というのは。
…今の私にとっては、あいつらのことより、葛葉のどの尻尾がもう鋤き終わったのかを思い出すことの方が大事だな。