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ナナヤとユタナは、広場の端で何かをしていた。
何を…というところまでは分からないけど。
興味津々に近付いてくる子供たちや伊織と蓮はどうしても気になるみたいで、いろんな方向から覗いてみるけど、セトが邪魔で見えないようだ。
「何をやってるんだろうな」
「気になるなら聞きに行けばいい」
「でも、セトを障壁に使ってるくらいなんだから、よっぽど見られたくないんだろ?」
「ふむ…」
「何か見えるか?」
「そうだな…。あれは、花の種だろうか」
「花の種?」
「陽光草と今宵草の種のようだな」
「なんだ、そこまで見えるのか。オレにはゴマ粒ほどにも見えないけど」
「鳥の目を甘く見てもらっては困るな」
「しかし、なんで種なんか…」
「会話までは聞こえんのでな。なぜかは分からない」
「そこまでは求めてないよ」
「そうか」
「花の種か…」
「何か、心当たりがあるのか?」
「いやな。ちょうど、裏の墓の話をしてたんだ。望や灯と」
「ふむ、あそこか。墓参りには行ってるのか?」
「灯が行ってると思う」
「たまには顔を見せてやれ。一葉も寂しがってるだろう」
「あそこには、母さんの遺灰があるだけだ。母さんはあそこにいないよ」
「どこにいようとも。墓は、死んだ者を改めて感じることが出来る場所だ。行っても無駄ではないだろうに」
「………」
「お前は、一葉にそっくりだな」
「そうか?」
「一葉も、墓が嫌いだった。あいつの言い分は、死んだ者を余計に感じる場所だから嫌い…ということだったが。お前もそうなのだろ?」
「………」
「…とにかく。墓参りには必ず行くんだ。灯と一緒に行けばいいじゃないか。そうすれば、後悔も、自責の念も、半分になるやもしれん」
「………」
後悔と自責の念、か。
そうだな。
私はお母さんにたくさんのことをしてもらったのに。
私はお母さんに何もしてやれなかった。
私はそのことを後悔して、私はかつての私を責める。
そうやって、ますます自分を墓から遠ざける。
私に責められるのが怖いから。
逃げ出している。
「後悔をしても、自分を責めても、何も変わらない。それなら、何をすれば今を変えられるのか。それを考えてみてはどうだ。後悔や自責をやめることは難しい。しかし、前を見て歩いてみれば、いつかは消えるやもしれん。…新しい道を考えてみる価値はないだろうか」
「…そうだな。価値はあるかもしれない。でも、分かってても、なかなか変えられないものなんじゃないか?」
「変えようと努力せねば、何も変わるまい」
それ以上話すことはないという風に、火の粉を散らせる。
…そういえば、カイトは悠久の時を生きているんだったな。
私以上に、生き死にの別を経験しているはずだ。
だからこそ、そういった助言をすることが出来るのかもしれない。
同じことを考えていた身として。
いや…これは勝手な想像か。
「当たらずとも遠からず、といったところだな」
「え?」
「私も、お前と同じだということだ」
「…そうか」
「いくら長い時を生きようとも…いや、長い時を生きるからこそ、諦めきれないのだよ」
「………」
それ以上は、どちらも何も話さなかった。
あるいは、話せなかったのか。
遠くで鳥の声が聞こえた。
物憂げに聞こえるのは、私の心のせいだろうか。
…しかし、墓参りに行けば、私は私を赦せるのか。
それすら、分からない。
気付けば、眠っていた。
目の前には例の花畑が広がっていて、普段より低い目線の私は、誰かと手を繋いでいた。
子供の頃の夢だろうか。
夢にしては、意識がはっきりしすぎている気がするが。
「ここには、私の母さんが眠っている」
「うん」
「いや、眠ってはいないか。私の母さんは、私の心の中で生き続けている」
「…うん」
「どうだ。ここに来てみて」
「あの頃と変わらないよ」
「そうだ。ここは、時間の止まった場所。永遠の時間が過ぎる場所だ」
「よく分かんない」
「分からなくていいさ。分かる必要はないんだから」
「なんで?」
「この場所に、私たちの知る時間は流れていない」
「じゃあ、私のお母さんの時間も、ずっと流れないの?」
「いや、それは違うな。さっきも言った通り、私の母さんは、私たちの心の中に生きている。つまり、私の母さんは、私たちと同じ時を生きているということだ」
「それだったら、ここは何のための場所なの?」
「ここか?ここは、変わらない時間を確認する場所だ」
「……?」
「私たちは、絶対的にものを判断することが難しい。あるひとつのものだけを見て、それがそうであると決めつけることは出来ない。でも、比較する対象があれば、双方共に認識することが出来る。動いていない時間だけ、動いている時間だけを見ても、それがどういった状態にあるのかは分からない。しかし、動いている時間の中、ふと動いていない時間を見ると、相対的に、今のこの時間が動いているんだと認識出来る。私たちと共に、私たちの母さんも、私たちと同じ時間を生きているんだということを認識出来る」
「………」
「墓というのはそういうものだ。変わらない時間を見て、変わっていく時間を感じる」
「ふぅん…」
「…来てくれる?お母さんに会いに」
「何を言ってるんだ。今だって、こうやって会ってるじゃないか」
「紅葉は霊感が強いもんね」
「…分かったよ。面倒だけど墓参りに行って、母さんと生きてるこの時間を、再確認してくればいいんだろ?」
「意地悪な言い方をしないの。お父さんにそっくりだね」
「そりゃどうも」
「ふふふ」
「しかし、私の夢に出てまで、墓参りを強要しないでくれるか?しかも、私に化けてまで…」
「何言ってるのよ。この夢は、紅葉自身が見てる夢だよ。大人紅葉も、子供紅葉も、全部、紅葉の夢。お母さんが干渉したのは、大人紅葉の話が終わってからよ?」
「えぇ…」
「心の底では、大人紅葉が言ってたことを考えてたんじゃない?」
「…そうかもな」
「ふふふ。あっ、じゃあ、ここまでだね。お母さん、また紅葉の夢枕に立つから。そのときは、よろしくね」
「ああ」
「じゃあ、またね」
「うん」
そして、お母さんは光となって、優月草の花びらと一緒に空へ舞い上がっていった。
まったく…。
相変わらずだな。
…あの日記も、二年も掛かったが、私の手元まで届いた。
カイトの言う変わるときというのが、今なのかもしれないな。
ていうか、自分も滅多に墓参りに行かなかったのに、私にはしろと言うのか。
まあいいか。
明日にでも、灯と一緒に行ってみることにしよう。