247
「遅かったな」
「お帰りなさい」
「望。昼ごはんは食べたのか?」
「うん」
「入れ違いだったようだな。お前が行ってからすぐに帰ってきたよ」
「そうか」
「やっほー、望」
「あ。灯お姉ちゃん」
「わっ、おっきい鳥!」
「何を言ってるんだ。私だ」
「あ、あぁ…。なんだ、ビックリした…」
「何を驚くことがあるんだ」
「普通、こんな大きな鳥なんていないし…」
「なら、私であることも分かるだろうに」
「もう…。五月蝿いなぁ…」
灯は頬を膨らませるが、カイトは全く無視して、毛繕いなんてしている。
それから、少し火の粉を散らして。
「そういえば、イナはどうした?さっきまで一緒だっただろ?」
「マオと一緒に医療室に行ったよ。マオは、お姉ちゃんに呼ばれて」
「ふぅん…。何をしてるんだろうな…」
「薬の話だって言ってたよ」
「薬?調合の仕方かな」
「分かんないけど」
「そうか」
望の頭を撫でると、ニッコリと笑ってくれて。
…まあ、立ちっぱなしなのもなんだし、窓枠のところに座る。
望も横に座ってきて。
「どうだ。料理は。上手くなったのか?」
「まあまあかな。美希がすごく上手いから、私は負けないようにするのが精一杯だよ」
「そうか」
「勉強の毎日だよ。美希ってさ、浪人だったから、薄い味付けでも美味しい料理を作る方法を知ってるんだよね。私もいろいろ試してるんだけど、なかなか再現すら出来なくて」
「そういう技術は、一朝一夕では身に付かないということだな。まあ、もっと研究に研究を重ねろということだ」
「分かってるけど…」
「分かっているならよい」
「もう…」
灯は屋根縁に出て、羽休めをしているカイトにもたれ掛かる。
カイトはカイトでまた毛繕いを始めて。
それを見て、望は少し首を傾げて。
「そういえば、カイトはなんで燃えてるの?」
「む?私は燃えているわけではない」
「でも、火が…」
「これか?これは、私の内にある炎の末端が外に出てきているんだ。いや、今は望の炎か」
「……?」
「望と私は、言うなれば運命共同体だ。望に私の力を貸す代わりに、私は望から生きる力を貰っている。その生きる力というが、この火の粉のもと…というわけだ」
「望に貸し出されている力というのは、具体的にどういったものなんだ?」
「心配か?」
「少しな。…いや、信じられないと言うべきか」
「そうだよ。契約とか生きる力とか。何の話をしてるか、私には分からないよ」
「契約はさっき言った通りだ。生きる力というのは、存在する力。契約主から必要とされることが、私たちにとっての生きる力だ」
「まだ分かんないよ」
「…どうこう言葉にして説明するのは難しいのだがな。まあ、私たちがこの世界に存在するには、この世界の誰かに、確かにここにいると認められる必要があるんだ。その認識を半恒久的に得るために契約をし、そのお礼と言っては不足しているが、私たちの力を貸すわけだ」
「うーん…」
「無理に理解する必要もない」
「じゃあさ、お姉ちゃんがさっき言ってた、貸してる力ってのは?」
「そうだな…。契約する者によって違うのだが、私の場合は知覚の向上…特に、視覚の向上が大きいはずだ」
「目が良くなるのか?」
「あんまり、そういうのは感じないよ?」
「望はもともと五感が優れているようだからな。そちらでは、あまり感じられないかもしれない。感じるとすれば、体力や持久力の向上だろうか」
「うーん…」
「そうだな。そちらも、感じる機会は少ないか」
「なぁんだ。本当に貸してるの?」
「契約を交わせば、自動的に貸借は成立しているから、貸し渋りなどは発生しない」
「ホントかなぁ…って、痛い、痛いって!」
いつまでも疑ってかかる灯の頭を、嘴で少し突つく。
灯もたいがい大袈裟だとは思うけど、まあ痛いのには違いないだろう。
…しかし、詳しい話を聞いてなお、信じられない自分がいる。
そんな超常的な力が、この世界に存在してるのか?
「信じるも信じないも、お前たち次第だ。しかし、私は、この世界に認識されることがなくなれば、ここにこうやって存在することが出来なくなる。恥ずかしい話ではあるが、私はまだこの世界に未練があるのだ。私の話は信じなくてもいいが、私自身の存在を否定することはやめてほしい。よろしく頼む」
「存在を否定ったってな、目の前にいる相手の存在を否定出来るほど疑り深くはないよ」
「そうそう。そんなのは要らぬ心配って言うんだよ。それに、誰もが否定しても、望だけはあなたの味方なんでしょ?契約ってのは分からないけど」
「望は、私を信じてくれるか?」
「うん。だって、カイトはカイトだもん」
「…そうだな。私は私だ」
いつになく弱気だな。
少し、嫌な話を持ち込んでしまったかな。
話の本質はあまり見えなかったように思うが、なんにせよ、カイトがいなくなれば、私も話相手が減って困ってしまう。
というわけで、私もカイトの存在を信じる理由が出来たな。
「ふぁ…。あったかいから、なんか眠たくなってきた…」
「お前の感じる私の温かさというのは、望の心の温かさだ」
「ふぅん…。まあ、どうでもいいけど…」
ウトウトしだすと、灯はすぐさま寝てしまった。
カイトは、灯を護るように翼を重ねて。
望の背を押してやると、窓から降りてカイトのところまで走っていく。
そして、灯の横に寝転んで、一緒に昼寝をして。
「お前もどうだ」
「いいよ。見てる方がいい」
「そうか」
二人の寝顔を見てる方がいい。
いや、灯のはいいか。
見飽きたし。
…昼ごはんも済み、また広場で遊ぶ子が柵の向こうに見えた。
その中に、ナナヤとユタナが混じっているのを認めて。
とりあえず、あいつらの観察もしておくか。