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「毎日お前が当番なら、朝ごはんも遅れないのにな」
「調理班は寝坊助が多いからな」
「みんなを起こして回る気はないか?」
「灯だけで充分だ」
「まあ、そうだろうな…」
「焦っても料理は上達しない。じっくりと時間を掛けて、完成させていくものだ。まあそれが、班員の気質に表れているんだろう」
「表れすぎだ…」
「そうカリカリするな。ほら、出来たぞ」
「ああ」
「…そういえば、望はどうした?」
「さっきは広場にいたけど。何か用なのか?」
「いや、紅葉はよく子供を引き連れているから」
「なんだ、猿の大将みたいな言い方だな」
「ははは。狼の棟梁の次は猿の大将か。なかなか洒落た肩書きじゃないか」
「冗談じゃないよ…」
それに、狼の棟梁って何だよ。
私は狼で、衛士長であるのは確かだけど…。
「でも、羨ましいよ。子供にそんなに人気があるなんて」
「お前は子供が好きだからな」
「子供は可愛い。いくら可愛がっても足りないくらいだ」
「そうだな」
「昔、望と響と一緒に旅をする前まではそうでもなかったんだ。でも、二人といると、心が洗われたような気分になる。そのときは、二人が特別なのかと思ったんだが。二人と離れたあと、ある村に立ち寄ったときに気付いたんだ。村の子供たちと遊んでいるときに。私は子供が好きなんだって。望と響のお陰で、好きになれたんだってな」
「そうか」
「何がどう自分に影響するかなんて分からないものだな。まさか、山小屋であったチビたちに、ここまで変えられるとは思わなかった」
「えらい言い様だな」
「いいじゃないか。あの子たちには感謝してるんだよ」
「…そうだな」
私も、随分変えられたように思う。
みんなと一緒にいたことで。
いや、変わらなかったのかもしれない。
みんなのお陰で。
どっちかなんて、分からないけど。
「あ、そうだ。リュウが言ってたんだけど」
「何を?」
「城の裏に花畑があるそうだな」
「なんだ。みんな知ってるんだな」
「優月草の種を貰ったんだ。ずっと一緒だって」
「リュウは知ってたのか」
「ん?」
「いや、望は知らなかったみたいだから」
「そうか。まあ、三名将の話なんて、あの歳の子はそうそう知らないだろう」
「そうかな。オレは、望と同じくらいの歳のときに、母さんから聞いたんだけど」
「ふぅん。じゃあ、次は紅葉の番だな」
「ああ。私が伝える番だ」
母さんから私へ。
私から望へ。
望から、さらにその先へ。
そうやって、過去から未来への掛け橋が繋がっていくんだろう。
「花畑というのは、もしかして、誰かの墓標なのか?」
「誰かの、というわけではない。あそこは共同墓地なんだ」
「なるほどな」
「火葬が済んだあと、灰をあそこに安置する。…安置するというか、蒔くんだけど。そしたら、それを栄養として花や木が育つ。あそこの草花は死んだ人の生まれ変わりだって、よく言い聞かせられたよ」
「ふぅん。…ということは、紅葉の母親も?」
「ああ。いちおう、あそこが墓だ」
「墓参りには行ってるのか?」
「行ってないな、そういえば」
「すぐ裏なんだろ?なんで行かないんだ」
「なんでだろうな。すぐ裏だから、急いで行く必要もないと思うからかもしれない」
「ホント、お姉ちゃんってば薄情だもんね」
「お前が行ってるならいいだろ」
灯が厨房に入ってくる。
寝癖が酷いので、少し手櫛を入れてやって。
「お前、今起きてきたのか?」
「いや、毎日私が起こしてるから、日の出には起きてるが」
「そうだよ。美希、すっごく早いんだから。もう、最近寝不足で…」
「よく言うよ。用事がなければ、亥の刻には寝てるくせに。三刻半も寝れば充分だ」
「私には、少なくとも五刻は必要なの」
「放っておいたら、半日以上寝てるだろ」
「お姉ちゃんも美希も、睡眠時間の取りなさすぎなんじゃない?寿命縮めるよ?」
「三刻半から四刻が適正な睡眠時間だ」
「嘘だよ、そんなの」
「まあ、あとで風華に聞けばいい。それで、寝癖もほったらかしで、今まで何をしてたんだ。洗濯にも顔を出さないで」
「ちょっとね。覚書の整理と、ヤモリの世話」
「お前、まだヤモリがいたのか…」
「いいじゃない。可愛いし、大人しいし」
「そういえば、前に二匹ほど捕まえてたな。どこから見つけてくるんだよ」
「どこって…普通に部屋の中を歩いてたから捕まえただけだよ」
「………」
「お前、今、何匹飼ってるんだ?」
「その二匹と、あと一匹だけ」
「ちゃんと管理しとけよ?前みたいなことになったら、即刻飼うのを禁止するからな」
「分かってるよ…」
「前みたいなことって?」
「昔に、こいつが飼ってたヤモリが逃げ出して、なぜか爬虫類嫌いの衛士の部屋に集結してたんだよ。二十匹ほど。オレも、捕まえるのを手伝わされて…」
「ふぅん…」
「今は大丈夫だよ。ちゃんとした籠に入れてるし」
「ちゃんとした籠ねぇ…」
「少なくとも、逃げ出さないようにはしてあるよ」
「当たり前だ」
灯の頭を小突く。
まったく、こいつは変わらないな。
美希の呆れ顔は、たぶん、かつての私と同じ顔なんだろう。
…灯が変わるとしたら、どう変わるんだろうな。
誰の影響で、変わるんだろうか。