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「無理しなくてもいいんだぞ?」
「む、無理なんてしてない…」
「お前、その姿勢が苦手なんだろ」
「そんなことない…」
「強情だな、お前も」
ユタナは足を震わせながら、必死にこらえている。
まあ、そんな冗談で洗濯を満足に出来るわけもなく。
私や風華の半分ほどの速さもない。
「なんなら、地べたに座ればいいのにね」
「借り物の服なのに、汚れるだろ…」
「服は汚れるものだ。現に、こうやって洗濯してるじゃないか」
「借りた物は、借りたときの状態で返すのが礼儀だろ…」
「そのためには、どのみち洗濯しないといけないじゃないか」
「汚さないように使って洗濯するのと、汚して洗濯するのとでは大きな違いがある…」
「まあ、とりあえず座れよ」
「わっ、うわっ!」
太ももの辺りを突つくと、あっけなく撃沈した。
尻餅をついたユタナは、こっちを睨み付けて。
「ははは。相当痺れてたんだな」
「………」
「怒るなよ」
「ふん」
「姉ちゃん、どうするの?ユタナ、怒っちゃったよ」
「美味いものでも食えば治るだろ」
「治らない!」
「なんだ。じゃあ、どうすればいいんだ?」
「もういい!」
ユタナは立ち上がろうとするけど、足が痺れていて立てない。
もう一度私を睨んで、洗濯物を引っ掴んで。
「ユタナ、無理しなくていいよ」
「してない!」
「やっぱり強情だな」
「………」
「まあ、痺れが治まるまで、そうしておけばいい」
それからは、ユタナは何も喋らなかった。
ムスッとして地面に座ったまま、乱暴に服を洗って。
機嫌を損ねてしまったみたいだな。
…しかし、ユタナは座り込む体勢が苦手らしいな。
意外な弱点だ。
まあ、ユタナのことだし、どこかで密かに練習しているかもしれない。
それを想像してると…
「ふふふ」
「えぇ~…。姉ちゃん、気持ち悪い…」
「いや、ユタナがこの体勢の練習をしてる姿を思い浮かべたらだな」
「なっ!そんな練習なんてしたことないからな!」
「これからするつもりだったのか?」
「えっ?」
「…するつもりだったんだな」
「………」
ユタナは顔を真っ赤にさせて、そっぽを向く。
ふぅ…。
怒りの度合いをさらに上げてしまったようだ。
しかし、まさか本当に練習しようとしていたとはな。
こいつの負けず嫌いは筋金入りか。
「でもまあ、苦手を克服するのは大切なことだよね」
「………」
「もう…。どうするのよ、姉ちゃん」
「どうするも何も、どうしようもないだろ。謝るのも変な気がするし…」
「謝っても赦さない」
「ほらな?」
「あはは…。まあ、早く仲直りしてね…」
「ふん」
最後の洗濯物を洗い終えると、ユタナはさっさとどこかへ行ってしまった。
まあ、仕方ない。
風華と顔を見合わせて。
二人で洗濯物を干しに行く。
望はもう大丈夫らしい。
イナと二人で、セトにもたれ掛かって空を指差している。
何を見てるんだろうかと思ってそちらを見てみたら、カイトがいた。
ゆっくりと火の粉を散らしながら、こっちに向かってくる。
そして、すぐ横に降りてきて。
「お前の相手はあっちじゃないのか?」
「そうかもしれんな」
「行ってやれよ。こっちを見てるじゃないか」
「ふむ。しかし、子供の輪に飛び込んでいくのはあまり好かんのでな」
「広場で遊んでる子供たちのことを言ってるのか?」
「他にいないと思うが」
「子供嫌いなのか?」
「嫌いではない。が、構われるのは好きではない。子供たちの真ん中に飛び込むというのは、好奇心の真ん中に飛び込むようなものだ。どうなるかということは想像に難くない」
「面倒くさいな、お前は」
「いつものことだ」
「自分で言うな」
柵の向こうを覗いてみると、広場で遊んでた子供たちがこちらを指差したり、何か叫んだりしているのが見えた。
…まあ確かに、あの中に入っていくのは少し勇気がいるかもしれないな。
それに、望とイナも、もうこっちを見てなかったし、あそこに行くことはないかもしれない。
「お前は、歳の割には年寄りくさいのだな」
「そうか?」
「日向ぼっこが趣味なのだろう?」
「いや、そういうわけじゃないんだけど…」
「いつでも、見るときは日向ぼっこをしているではないか」
「日向ぼっこをしてるときにしか見ていないんだろ…」
「まあ、そうかもしれないな。…それで、仕事はないのか?」
「部下が優秀で困るよ」
「ははは。幸せなことだな」
「ああ。幸せなことだ」
「しかし、それでも仕事がないのはどうなんだ?」
「さあな。でも、仕事を回してもらえないんだよ」
「もしかして、嫌われているんじゃないのか?」
「それならそれでもいいさ」
「…部下を信じてるんだな」
「上司は部下を信じるものだ」
「お前らしい見解だ」
「どうも」
門のところで、どこからか帰ってきた縁が、こちらに向かって手を振っていた。
大きく振り返すと、一度お辞儀をして、いつものかんじでゆっくりと広場を歩いていって。
「心配は無用のようだな」
「どうだろうな」
「部下を信じていないのか?」
「信じているさ」
みんな、部下である前に、私の大切な家族だから。
信じないわけがないだろ。
「…ところで、前にもこんなやり取りがあった気がするけど」
「そうか?私は覚えていないが」
「また別の誰かだったかもしれないな」
「ふむ」
カイトは首を傾げて。
まあ、誰と何回話そうともいいさ。
そのたびに、確認出来るしな。