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「美味しいな、これは」
「そうだろ」
「なんでお前が得意げなんだよ。作ったのは香純だろ?」
「班員の名誉は班の名誉だ。同じ調理班同士なんだから、私が喜んだって構わないだろ」
「まあ、そうだけど…」
そして、美希はどうだと言わんばかりに胸を張る。
いや、分かったから…。
「美希!」
「あぁ、ごめんな。こっちのパツキンのお姉ちゃんに褒めてもらったから」
「パツキンって、お前な…」
「美希、いい子にしてたの?」
「ごはんが美味しいって言ってもらったんだ。いい子にしてたのとは少し違うかな」
「葛葉も、今日はいい子にしてたよ!」
「そうだな。おねしょもしなかったし、物も壊さなかったし、泣かなかったし。本当に、今日はいい子だったな」
「えへへ」
「よしよし。偉い偉い」
美希は、鼻の下を伸ばしながら葛葉の頭を撫でる。
サンはその横で、美希がチビたちのために作った稲荷を、無我夢中で食べていたけど。
「それで、葛葉はいつもそんなことをしてるのか?」
「いや、おねしょ以外はいつも通りだ」
「おねしょもあまりしないだろ…」
「まあ、そうだな。葛葉はいつもいい子だもんな~」
「えへへ。…でも、お母さんによくおこられるよ?」
「それは、風華が葛葉のことが好きだからだよ。葛葉にいい子になってほしいから、風華も一所懸命に怒るんだ」
「じゃあ、美希は、葛葉にいい子になってほしくないの?」
「私だって、葛葉が悪いことをすれば怒るよ。でも、葛葉も怒られてばかりじゃ嫌だろ?だから、私は、怒るより褒めることにしてるんだ」
「そうなの?」
「ああ。私も、風華と同じくらい、葛葉が好きだからな」
「うん!葛葉も、美希のこと、好きだよ!」
ニコニコと笑う葛葉の頭を、優しく撫でる。
相変わらず、デレデレとしているけど。
「お母さん」
「ん?どうした、望」
「望も撫でて。望も、いい子にしてたよ」
「…ああ、そうだな」
「………」
どうしたんだろうか。
今日は朝から、珍しく甘えただな。
遊びにも行かなかったし…。
気にはなるけど、今それを言及することもないだろう。
望の頭を撫でると、パタパタと尻尾を振ってくれた。
でも、あまり嬉しそうにはしてくれなくて。
…何が望を縛りつけているんだろうか。
話してくれないと分からないぞ、望…。
ユタナを部屋まで送り、自分の部屋に戻る。
桜に少し話すこともあったし、望は風華と一緒に先に帰らせた。
絶対についていくと言ってたけど、なんとか納得させて。
部屋は行灯の灯だけ点いていて、もう風華も眠っているようだった。
布団の空いている場所に入って、目を瞑る。
…と、何かゴソゴソと動くものがある。
確かめてみると、望だった。
望は私の布団に潜り込んで、ギュッと抱きついてきて。
「どうしたんだ?」
「………」
「怖いのか?」
「うん…」
「何が怖いんだ」
「…目を瞑るのが怖いの」
「どうしてだ?」
「昨日ね、夢を見たの」
「夢?」
「夢…」
「どんな夢だ?」
「…お母さんが、死んじゃう夢」
「私が?」
「うん…。悪い人が来てね、刀でお母さんを刺しちゃうの…」
「………」
「それでね、いっぱい血が出てきて、お母さんが死んじゃうの…」
「そうか」
「それでね、目が覚めたらお母さんがいなくて…怖くて…」
望は私の服を必死に握って、泣いていた。
朝からずっと離れなかったのは、そのせいだったんだな。
でも、なんでそんな夢を見たんだろうか。
過去に、そんな体験をしたとか…。
ユカラのあのときを見ていたのか…?
それとも、望の出生に関わることなんだろうか…?
「お母さんと…ずっと一緒だもん…。お母さんは…望が守るもん…」
「ああ。そうだな。ずっと一緒だ。私はいなくなったりしないから」
「ユウガツソウの種があるから…ずっとずっと一緒だもん…。いなくなっちゃヤだよ…」
「分かってるよ。いなくならないから」
望を強く抱き締める。
少しでも不安が薄らぐように。
いや…私にはそれくらいしか出来ないから…。
しばらくすると、泣き疲れたのか、望はいつの間にか眠ってしまっていた。
服は離さずに。
望の頭を撫でていると、屋根縁に気配を感じた。
「カイト。望の夢の理由、分かるか?」
「記憶を辿ってみれば分かるやもしれぬが…あまり、そういうことはしない方がいいだろう」
「そう…かもな…」
「望が必要としているのは母親ということだろう。失う夢というのはそういうものだ」
「…分かってる」
「お前は、望に母親として求められているようだ。姉や友達ではなく。そのことを、しっかり考えるのだぞ。…自信を持て。お前なら大丈夫だ」
「根拠は?」
「根拠がないと不安か?」
「…少し」
「そうか」
羽ばたく音がした。
カイトが、火の粉を落としているんだろう。
「私は望を信じている。その望が信じているお前を、私も信じている。だから、そう思う」
「………」
「それでは不充分か?」
「いや、少し安心したよ」
「そうか」
「…じゃあな。お休み」
「お休み。いい夢を」
「…望に言ってやれ」
「そうだな」
カイトはまた羽ばたくと、そのままどこかに飛んでいったらしかった。
…私はもうしばらく眠れそうにない。
望をもう一度抱き締めて。
この闇に、身を委ねることにする。