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ウトウトしだした望に毛布を被せて。
頭を撫でてやると、すぐに眠ってしまった。
少し大人になったと思ったけど、やっぱりまだ子供なんだな。
望を横に寝かせて、ユタナの方を見る。
ユタナは、広場で遊ぶ子供たちを見ていた。
サンも、その中に混じっている。
しばらく見ていると、見られていることに気付いたのか、こっちを見て恥ずかしそうに笑う。
「ごめん。気が付かなかった」
「いや。それより、聞かせてもらえるか?」
「…サンが、夜にしか出られなかったわけか?」
「ああ」
「…分かった」
ユタナは一息置いて、空を見る。
蒼い空にはいくつか雲が浮かんでいて、ときたま地面に影を作っていた。
「夜にしか外に出られなかったのは、そう言い聞かせられたからだ」
「誰に?」
「もともと住んでいた場所の管理人にだ」
「借家か?」
「似たようなものだな。いわゆる居候だったわけだけど…」
「そうか」
「親がいなくなって、私たちだけでは生きていけないから、アルがどこか探し回ってくれたらしい。私も小さかったし、サンはまだ赤ん坊だった。それで、なんとか見つけたところが、そこだったらしいんだ」
「覚えてないのか」
「住んでいたのは覚えてるが、探し回っていたときの記憶はない」
「そうか」
「…それから、管理人の好意で五年…つまり、去年まで住んでいた。管理人は優しい人だった。いろいろ教えてくれたし、ごはんもたくさん食べさせてくれた。でも、ひとつだけ禁止されていたことが、昼間に外へ出ることだった」
「どうしてだ?」
「私たちがいた場所は、宗教の関係から人の立ち入りが禁止されていた場所らしい。昼間は人もたくさん来るし、誰かがいることに気付かれたらいけないからって。でも、その場所から人の集まる場所までは充分に距離があるから、建物の中でなら遊んでいいと、いろいろおもちゃも与えてくれた。それで、夜なら人もいないし、そのときは外に出てもいいと」
「ほぅ」
宗教の関係上、人が立ち入れない場所。
それから、人が集まる場所からその場所までは充分に距離がある。
ということは、管理人というのは神主。
五年住んでいた場所は、それなりに大きな神社…なのかな。
「何の不自由をすることもなく、たっぷりと可愛がって育ててもらった。それで、去年のことなんだけど。アルも充分働ける歳になったから、もう迷惑を掛けられないと、そこを出たんだ。管理人には引き止められたけど、必ず帰ってくるからと約束をして、三人で発った」
「それで、前の話に繋がるのか」
「ああ。サンが同伴ということで断られる仕事も多かったから…。邪魔だったとか、そういうわけじゃなかったんだ…」
「分かってるよ」
「でも、そう思われて当然のことをしてたんだな…」
「昔のことは昔のことだ。サンも元気にしてるんだし、後悔するだけ無駄だろ?」
「………」
「未来を考える上で過去を参考にするのはいいが、未来も見ずに振り返ってばかりなら、そんな過去に意味はない」
「でも…」
「帳消しに出来ないのなら、二度とサンにそういう思いをさせないようにするのが正解なんじゃないか?少なくとも、何もせずにグズグズとしているよりはマシだと思うけど」
「………」
「まあ、選択肢が増えたな。この城に留まるか、魔霊の村に行くか、神社に帰るか」
「ジンジャ…?」
「お前たちが住んでいた場所だ」
「そうか…。ジンジャというのか…」
「…どういう選択をするかはお前たちの自由だが、サンの存在が決断を鈍らせるなら、お前たちとサンを引き離すことも考慮に入れる。過去を引きずるくらいなら、断ち切ってしまう方がいいだろ?」
「………」
ユタナは微かに頷いた。
本当は、そんな結末は避けないといけないんだけど。
でも…サンが理由となるくらいなら、そういう決断をしないといけなくなるかもしれない。
「………」
「………」
ユタナは、また広場を見ていた。
サンを見ているのか、あるいは、他の何かを見ているのか。
もしかしたら、何も見ていないのかもしれない。
なんとなく空を眺めていると、カイトがどこからか飛んできた。
ゆっくりと旋回をしながら、屋根縁へと降りてくる。
「よぅ」
「お前は酷な選択を迫るものだな」
「なんだ、聞いてたのか」
「気になる話が聞こえたのでな」
「盗み聞きとは、趣味が悪いな」
「老いぼれの楽しみを否定しないでくれ」
「…オレだって、あんなことは言いたくなかったさ」
「分かっている」
「でも、サンを理由に苦渋の選択を…となれば、誰も幸せにはならない」
「このユタナという者も、夜中にコソコソとしている者も、そんなことをするような者ではないと思うがな」
「ああ。分かってる」
「しかし、サンを偽の孤児院に預けたことは、二人に大きな傷痕を残している。ある意味では、必要な選択なのかもしれないな」
「そっちも聞いていたのか」
「すまないな」
「…必要なことが正しいことだとは限らない」
「必要悪という言葉がある」
「それで正当化しようとは思わない」
「自分を責めるべきではないぞ」
「…分かってる」
これはどうしようもないこと。
過去を消すことは出来ないから。
…乗り越えるのは、まだ幼いこの子たちだ。
私たちには、手助けすることしか出来ない。
それが、もどかしい。